第50話 佐山さんとファミレスにて②

 しかし、そんなB型ドールにも欠点がある。それは寿命が圧倒的に短いということだ。

 そのB型にもよるが、早いと約一年、もって3年だという。

 A型はグレードアップによって生命を維持できるが、B型にはそれがない。寿命が尽きればそれで終わりだ。

 廃棄の費用もそれなりにかかるから、佐山さんがもらってくれるなら飯山商事としても大助かりなわけだ。経費が浮く。

 但し、ドールの受け取り時、会社の内情などのデータは全て消去される。

 なるほど・・


「私、いつもならそんな気は起きなかったのだけど、この前の飲み会で、B型ドールのひどい扱われ方・・井村先輩も見たでしょう」

 義憤にかられたような佐山さんはそう言って「私、放っておけなかったの」と言った。

 佐山さんの横でB型ドールのサツキさんの目が真っ直ぐに僕を見ている。無表情だ。

 サツキさんが佐山さんにもらわれたことを喜んでいるのか、そうでないかも判別できない。

 話の途中、オーダーを訊きに来たウェイトレスが、「B型のドールさんですね」と言ってニコリと微笑んだ。


 ウェイトレスが去ると、B型ドールは、

「ワタシの名前はサツキです・・よろしくお願いします」と僕に言って会釈をした。

 佐山さんは、「彼女の名前はサツキさんって言うのよ」と紹介した。

 僕は「ドールに名前があるのか?」と尋ねた。

 山田課長はドールに名前なんてはない、と豪語していた。

 すると佐山さんは「私がさっき付けてあげたの」と答えた。「名前がないなんて、かわいそうじゃない。それまでは番号だったのよ」


 僕が頼んだホット珈琲が運ばれてきた。

 ウェイトレスは「ドールさんっていうこと、内緒にしておきますよ」と客対応の笑顔を見せた。

 ドールは外に出せない。けれど、暗黙の了解も多く存在する。

 他の客の視線もあるが、まさか、通報するなんてこともないだろう、と思う。

 改めてドールの顔を見ていると、その顔の皮膚組織が痛んでいるのがわかる。制服も汚れているし、髪もバサバサだ。人間ではないので風呂も入らないし、洗われることもおそらくないのだろう。

 袖から見える腕も擦り傷だらけだ。それが仕事の酷使によるものなのか、この前の飲み会のような虐待によるものなのかは定かではない。


 僕は佐山さんに「このドールは、この前、飲み会で見たあのドールなのか?」と尋ねた。

 佐山さんは「どうもそうみたいなの」と答えた。「私の顔を見たことがある」と言っているし」

 そんな会話をしていると、横のサツキさんが、

「イムラさんのお顔も先日拝見いたしました」と小さく言った。

 どうやら、あの時のドールのようだ。

 僕はコーヒーには手をつけず、

「佐山さん、でも、B型ドールは彼女一体だけじゃないだろ・・彼女を救ったところで、飯山商事には単純労働に従事しているドールがまだまだいるわけだし」と言った。

 一時の同情で捨て猫を一匹拾ってきたところで、この世界には捨て猫はごまんと存在する。


 しかし、佐山さんはこう言った。

「井村先輩・・私も最初はそう思ったのよ。でもよく調べてみたら・・B型ドールを一人救うことと、全員救うことが同じだってわかったの・・」

 それはB型の思考が平行型だから・・ということか。しかし、それが真実なのかどうかはまだわからない。単なるネットの情報に過ぎない。

 僕が佐山さんにそう言うと、

「でもね、何もしないよりはましだと思って」と明るく答えた。

 佐山さん、意外と行動的なんだな。清水さんとは正反対の性格だと思っていたが、僕の思い違いのようだ。


 僕は「このことを・・経理の清水さんには言ったのか?」と訊いた。

 佐山さんは「言ったわよ」と答えて、

「そしたら、清水さんは、『井村くんに相談したら』って返事が返ってきたの」と言った。

 僕は念の為、「植村には相談したのか?」と訊いた。

「ええ、植村先輩にも言ったけど、『井村に訊いてみたら』と返されたの」と言った。

 やれやれ・・

 それで僕の所へメール、というわけか。僕は一番最後じゃないか!


「しかし、これからどうするんだ? まるで大型のペットを飼うようなもんだぞ」

 と僕が言うと、佐山瑞樹は、

「そこで、井村先輩にお願いなの」と前置きし、僕の目の前で両手を合わせた。

 悪い予感がするな、と思う余裕も与えず、

「しばらく先輩の家で預かっていて欲しいんです」と佐山さんは言った。「私の家、親がいるから無理なんです」

 こっちもイズミが・・

「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで僕が、預からないと・・」

 そう強く言いかけると、佐山さんは悲しそうな顔を見せた。

 おっとり佐山さんは得な顔だ。

 こんな顔を見て「ダメだ!」とも言えない。特に僕はこういう性格だ。そういう意味でも僕はこれまで人づき合いはできるだけ避けて通ってきたのだ。


 それに僕が預かれない理由・・僕の家には、狭いアパートの一室には、AIドールのイズミがいる。大家さんにも申告していない。ドールが二体にもなって、もし見つかったら、それこそアパートを追い出される。

 そんな不安が渦巻く中、

「そんなに長い期間じゃないんです」と佐山さんは言って、

「サツキさんの寿命が尽きるまででいいんです」そう続けた。


 僕は冷めたコーヒーを啜りながら、

「それで、B型ドール・・サツキさんの寿命は・・残り何日なんだ?」と尋ねた。

 僕の質問にそれまで黙っていたB型ドールのサツキさんが答えた。


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