第51話 二人のドール①

◆二人のドール


 ちょっと、まずいことになったな。

 これでいいのか?・・やっぱりまずい・・

 いろんな疑問、不安が頭をよぎる。

 二つ返事で、サツキさんを預かることを承諾した僕は、佐山さんとそこで別れた。

 結局、僕は利用されただけなのか、と思いながら車に乗った。


 車の助手席にはB型ドールのサツキさんが腰かけている。イズミより背が高く、体型もイズミのような幼児体型ではなく、大人体型だ。身長は160㎝前後だろうか。

 必要なのかどうかわからないが、乳房の膨らみもあるし、胸から腰のラインが丸みを帯びていて人間の大人の女性と大差ない。

 どうして、僕はイズミを作成した時にこのような体型を思念で送らなかったのだろう。そう悔やまれる。鑑賞用としてもこれだけ違うものだと感心する。


 サツキさんは車に乗るなり、

「イムラさん。よろしくお願いします」と丁寧に言った。僕は「いえ、どういたしまして」と丁寧に答えた。どうも調子が狂う。

 イズミとはまた違った狂い方だ。こっちが緊張する。

 僕は運転しながら「ドールは外に出てはいけないことになっている。だから、一応、人間のふりだけでもしておいてくれ」と言った。

 サツキさんは「心得ています」と答えた。

「外に出たことはあるのか?」と尋ねると、

「この春、サクラを見ました」と言った。

 桜? ドールが花見に行ったのか?

「お荷物を運搬する際に見ました。川沿いに咲いていたのです。とてもキレイでした」

 なるほど・・そういうことか。

 そして、ドールには花を愛でる感覚があるんだな、と思った。

 その感覚はイズミにもあるのかもしれない。

 僕は「また桜を見たいか?」と尋ねると、

「ハイ、また見たいです」サツキさんは綺麗な声で答えた。

 だが・・僕は知っている。

 サツキさんは来年の桜を見ることは、決してできない。



 僕は会社に戻る前に、社有車で僕の住むアパートに向かった。サツキさんを乗せたままで仕事にならない。

「僕が帰るまで、イズミと待っててくれないか」

 僕の言葉にサツキさんは快く「ハイ。イムラさん」と応えた。


 アパートに戻ると、イズミはペタン座りのまま、こちらを見ている。

 そのままの姿勢疲れないか? とも思うが、そこはドールだ。人間とは違う。

「オカエリナサイ・・ミノルさん」

 イズミはそう言った後、

「そちらのお方は、ミノルさんのご愛人に当たる方ですか? 見たところ、ドールのようにお見受けしますが、ミノルさんにそのようなご趣味があるとは存じ上げませんでした。ミノルさんも大変ご立派な方です」と変な日本語でまくし立てた。

 そんな言葉を無視して、僕は「イズミ、この女性は、B型ドールのサツキさんだ。僕が帰ってくるまで、彼女と二人、じっとしていてくれないか」と言った。

 イズミは「ジットシテくれないか」と僕の言ったことを復唱し「イズミ、了解です」と言った。

 それに対してサツキさんは、膝を折り、両手を床に揃えて「お世話にナリマス」と言った。

 おい、イズミ、サツキさんの方が礼儀正しいぞ。

 

 僕は不安のつきまとう中、再び車で会社に戻った。営業は終わりだが、帰ってデスクワーク、残務整理がある。

 自分の席に着くと、佐山さんからまたメールがあった。

「先輩、さっきは私の頼みごとを引き受けてくれてありがとうございました。この埋め合わせは必ずしますね。私にできることがあったら何でも言ってください。佐山瑞樹」

 私にできること・・

 そういうセリフを警戒心なく男に言えるのも佐山さんのいいところか。

 

 そして、しばらくすると経理の清水さんからのメール、

「井村くん、ドールを引き受けてくれたんだってね。さすがは会社一優しい営業マンだね。素敵! 清水美穂より」

 清水さんからのメールを読み終わると、植村が椅子を寄せてきて「佐山さんから聞いたよ」と小さく言って、

「俺、佐山さんに言ったんだよ。井村は頼まれると断れない性格だ、って」と言って笑った。

 全ての原因はお前かよ!

 僕は怒りを抑え、植村に「あのドール、もう長くないらしいんだ。少しの間だったら、いいかなって思ってな」と言った。

 そう言うと、植村は、

「俺のお母さんもそうかもしれない」と言って「AIドールの命が途絶えるって・・どんな感覚なんだろうな」としんみりした顔になり、自分の席に椅子を戻した。


 AIドールはフィギュアプリンターで作られた人を模った人形に過ぎない。ついこの前まではそう思っていた。

 ところがどうだ。ドールは自分の意思を持ち、自分が何のために生まれ、この世に存在するのかを考えている。

 そして、自分の命、この先、自分が辿る運命を考えている。

 人間の思考とまるで同じじゃないか。

 中にはそんなことまるっきし考えない人間もいるが、たいていの人はそんなことを一度は考える。

 つまりは、そういうことか・・

 そんな人間が創ったAIだから、人間と同じようなことを考えるんだな。

 AIの基本的思考も、発展的思考も人間のそれと同じだ。

 だが、悲しいことに、ドールは人間社会の末端に置かれ、その地位は圧倒的に低い。

 人間と類似思考を持っているにも関わらず、人間と同じ体を持つことはできず、ドールによっては圧倒的に生命が短い。

 来年のサクラも見ることができないドールがいる。

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