第48話 お母さんは恥ずかしいものなのです③

 イズミは僕が水筒をテーブルに置いたのを見て、

「Aと言えば、Bと反応する。つまり条件反射みたいなものです」

 条件反射?

「もっと分かりやすく頼む」と僕は言った。

するとイズミは更に、

「基本的思考で発展的思考を推測することが出来ます」と言った。

「もっと分かりやすく・・専門用語が多すぎる。さっきより分かりにくいぞ」と僕は繰り返した。

 イズミは何やら黙っている。

これが人間の女の子だったら、大人をバカにしているような表情となっているのだろうか? そして、僕をあざ笑っているのだろうか?


 僕は「イズミは僕をおちょくっているのか? それともなにか、わざと難しいことを言って僕をからかっているのか?」と問うた。

 するとイズミは元々真っ直ぐな背筋を更に伸ばし、

「たとえば・・ミノルさんがオイシイ食べ物が好きだと仮定します」

 と例え話を始めた。イズミは更にスリスリと僕の方に寄ってくる。

顔が近い。遠慮なしだな。


「仮定しなくても、僕は美味しいものなら何でも好きだし、他の人も普通はそうだと思うけど」そう僕が言うと、

 イズミは「たとえば・・仮に」と念を押した後、

「美味しい食べものが好きな人・・これを基本的思考といいます。Aさんは美味しい食べ物が好き・・」と言った。

 僕はイズミの言葉の一つ一つを確認しながら聞く。

 イズミは続けて「Aさんは美味しいものが好きだから、当然、美味しいオムライスやハンバーグは好きと推測されます・・この仮定を発展的思考と呼びます」と説明した。

 なるほど・・何となくわかるが、

「それより、人には好き嫌いがあるだろう」ハンバーグを嫌いな奴だっている。

 その質問にイズミは「あくまでも仮定の話です」と強く答えて、

 イズミはむすっとしたように「ミノルさん、食べ物の例え話がよくなかったデスカ?」と訊いた。

 僕が答えあぐねていると、

イズミは、「例え話を変えてみます」と言って更に話そうとするので切った。

「いや、もういい。それより、その話を島本さんに置き換えると、結局どうなるんだよ」と質問した。


 イズミは真っ直ぐに僕の顔を見つめて、

「お母さんなら、娘には会いたいのではないかと・・イズミはそう思います」と言った。

 なるほど、そういうことか・・

ずいぶんとまわりくどい解説だったな。最初からそう言ってくれ。

 しかし・・

「しかしだな、イズミよ。島本さんとイズミは母娘という関係性を設定をすることはしたが、二人は本当の母娘でないし、ましてや島本さんは人間の女性だし、イズミはAIドールだ」

 島本さんが「イズミに会いたい」と思っている、とイズミが思うこと自体がナンセンスだ。

 そんなことをAIドールが勝手に思っても仕方ない。

 もしそうだとしても、放っておけばいいことだ。


 そう思っていると、イズミは、

「ミノルさんは、効率主義なのですね」

 効率主義? 今日はやたらと熟語が多いな。

「言い方を変えます・・ミノルさんは、面倒臭がり屋さんナノデスネ」

 面倒くさがり・・だと!

「ああ、そうだよ。僕は元々面倒くさがり屋さんなんだよ」

ちょっとイズミの言い方はひどい。

「あのなあ・・僕は会社に行って、仕事だけをするくらいが丁度いいんだ。人づき合いも嫌いだし、いや、嫌いと言うか苦手だし・・そんな性格だから彼女もいない。だから、偽りの彼女でもいい・・彼女が欲しくて、フィギュアプリンターを買ってイズミを作ったんだよ。そのイズミに『面倒臭がり屋』なんて言われるとは思わなかったよ!」

 僕は何を言っているんだ・・僕は彼女が欲しかったのか・・


 イズミは黙って話を聞いた後、僕が落ち着くのを見計らって、

「やはり、お茶を入れ直した方がいいようです」と言った。

 いや、そういう問題じゃない。

 

 イズミは真顔で僕を見て、

「ミノルさんは、お彼女さんが欲しかったのですか?」

 そうイズミは言った。しまった、勢いにまかせて変なことを口走ってしまった。

 別にイズミを彼女の代替品として作ったわけじゃない。

 そもそも、話し相手が欲しかっただけなのだ・・そう思う。

 一人暮らしのこの家に、小さな灯り、温もりが欲しかった。それだけだった。


「ワタシはミノルさんの彼女さんではありませんが・・」

 イズミはそう断って「ミノルさんがワタシとの関係性を『友達』に設定したのです」と言った。イズミは若干申し訳なさそうに言っている感じに見える。

 そんなイズミに僕は、

「そうだよ、僕の言い方が悪かった・・イズミは彼女じゃない・・友達だ」

 僕とイズミの関係性は友達だ。

 友達なら、植村がいる。友達というのは便宜上ついた僕の嘘だ。

 だが、僕の思念を読み込んだイズミなら、その嘘をとっくに見破っているんじゃないのか?

 だが、イズミはそのことに触れず、

「ミノルさんは照れ屋さんなのですね」と言って、

「お母さんも恥ずかしいものなのです」と続けた。

 お母さんとは島本さんのことだ。

 そして、イズミはこう言った。

「島本のおばさんの心の中には、娘には会いたいけれど、会えない。会ってはならない・・そんなカットウがあるように思えてならないのです」

 カットウ・・心の葛藤、それに娘だと?


「イズミがそう思うのは・・さっき何て言ったっけ? 基本的思考から発展的思考っていうやつか?」と僕が問うと、

 イズミは「ハイ、そうです」と言った。

 イズミの返事は「ようやくわかったか」という風な感じに見受けられた。

 やはり、小ばかにされているようだ。

「しかし、なあ、イズミよ・・」

と僕は静かに話を切り出した。

「あの島本さんは、自分で独身だと言っていたし、子供もいないと言っていたんだぞ」

 僕がそう言うと、イズミは静かに首を横に振って、

「ワタシが取り込んだ島本さんの思念の中身によると・・」と前置きし、

「島本のおばさんには、お子さんがいるようです」

お子さん?

「女のお子さん・・娘さんです」

子供はいないと言っていたから、もしかして亡くなったとか?

もしそうなら気の毒なことだ。

「その娘っていうのは、もうこの世にいないとか、どこか遠い所に嫁いだとかじゃないのか?」

 僕の問いに、

「いえ、島本おばさんの娘さんは、お元気で生きておられます」

AIドールのイズミは淡々かつ丁寧にそう言った。

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