第43話 フロンティアの二つの説①

◆「フロンティアの二つの説」


 雰囲気の悪くなった飲み会が終わった。

 色々とあったが、女子の佐山さんに気に入られたのか、それともただの本好きの好奇心なのか「今度、遊びに行きます」と言われた。男は狼ですよ。

 清水さん、佐山さんとは一応、携帯番号とメールアドレスを交換した。快活な清水さんに、少しおっとりした佐山さん。

 そんなことを思いながら、急いでイズミの待つ我が家に帰宅した。

「おい、帰ったぞ」とまるで偉そうな亭主のように勢いよくドアを開けた。


 ところが、イズミは睡眠をとりながら充電をしていた。

 座布団に頭を乗せ横になっている。脇腹からは充電のコードが顔を出し、壁の差し込みに伸びている。

 まるで夫の帰りを待ちわびた妻が先に寝ているような感じだ。

 

 パソコンの置いてあるテーブルにはメモが置いてある。

 イズミだ。ボールペンを使っている。字が書けるとは、やはり高性能だ。

 メモには、

「実さんのお帰りが遅いので、お先に失礼します・・イズミより」と書いてある。

 先に寝ています・・そういうことなのか。

 でも、まあ、アットホームでいいものだ。

 これで夜食の用意なんかがしてあったら最高なんだがな。 

 今日は居酒屋でムカついたせいか、まだ腹が減っている。カップラーメンでも作るか、そう思って、台所に向かう。

 ん?

 そこにはまたイズミのメモが置いてある。

「実さん。温かいお茶をどうぞ・・イズミより」

 見ると、保温用の水筒に日本茶が入れてあった。イズミは茶葉の缶を開け、お茶を作っておいたようだ。口をつけるとなるほどまだ温かい。

 イズミなりに気を使ったつもりなのか。それとも飯を作れないことのお詫びなのか。

 しかし、火を使ったとなれば、危ないな。

 もし家事にでもなったら、家主さんにどんな言い訳をしよう。

 ドールが湯を勝手に沸かしまして・・これは通らないな。


 そんなイズミの一応心のこもったお茶をゆっくり飲もうと居間に戻ると、もう一枚紙があるのに気づいた。宅配便の不在通知だ。

 ちゃんと僕の言うことは聞いたみたいだ。


 僕はパソコンを立ち上げ、「お気に入り」にずらりと並んだフィギュアプリンター関係のアドレスをクリックした。

 お茶を飲みながら、その中で検索した「B型ドール」の項目を読み始める。


「B型ドール・・フィギュアプリンターで制作した汎用型ドールを指す。A型ドールの劣化型ドールとも言う。

 A型よりも価格を大幅に下げ、その分、思考能力、運動能力も予め落としている。

 インプットデータにはその打ち込み箇所はわざと削除されている。

 但し、単純作業や、簡単な事務には圧倒的な力を示す。それはA型以上のものがある。


「フロンティア」については、専門のサイトはないようだ。

 しかし、掲示板の書き込みの中を検索していると、ちらほらと、フロンティアについて語っている者がいる。誰かの質問があったり、その回答がある。


A「B型ドールを調べてたら、たまに『フロンティア』っていうのがあるけど、あれ何? 知ってる人がいたら教えて」

B「聞いたことがない」

C「あれね。知ってるよ。B型ドールの意識がなくなる前によく『フロンティア』って言うらしいよ」

B「それって、B型ドールの・・人間でいうところの天国みたいなものか?」

A「天国ならないから、フロンティもないんじゃないの」


D「フロンティアは、ドールの理想郷」

B「わかんねえよ」

D「すまん!」

 つまらない言い合いが散見する。


 そんな中に気になるのが一つあった。Eの言葉だ。

E「あれさ。聞いたことがあるんだけど、フロンティアはドールの『廃棄場』らしいよ」

 

 廃棄場? ドールを捨てる場所のことか。それがどうしてフロンティアなんだ。

 ちっともそんな感じがしない。

 どうしてB型ドールが、ドールを廃棄している場所を目指して行こうとするんだよ。


 誰かが僕と同じ質問を投げかけると、Eが答える。

 Eはフロンティアについてよく知っているようだ。


E「廃棄場にはドールの意識がたくさん集まっているからだってさ」


 ドールの意識? 廃棄されたドールに意識がたくさん残っているのか。

 考えようによってはそれは有りうるかもしれない。AIドールは人間ではない。

 その思考を司る部品が一つでも残っていたら、体はバラバラになろうとも、その前の意識、人間で言うなら生前の意識が、そこにあるのではないだろうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る