第42話 A型ドールとB型ドールの格差②

 ドールはうまく起き上がれないようだ。

 すると、あちらさんの席の別の男が、「まったくB型ドールは芸も何一つできないんだから、困るよ」と言って、僕らの方に「すまんね、お兄さん方、それにお綺麗なねえちゃん」と呼びかけ、

「そこに倒れているドールなら、適当に蹴ってでもいいから、こちらに寄越してくれ」と言った。

 無謀な言い方だ。かなり酔っているように見える。

 だが、そんなことを言われて、いかにドールとは言え、蹴るわけにはいかない。 何かの意思を持つもの、そこには尊厳が存在する。


 清水さんが「失礼な人達ね」と文句を言いながら、

 AIドールが起き上るのに手を貸そうとしたその時、

 ずんと地響きのような音がした。

 同時に、AIドールの背中がぐにゃっと弓のように反り返った。

 佐山さんが「きゃッ」と小さな声を上げた。

 驚いた植村がビールを溢した。


 AIドールの背中を圧倒的な力で押し潰そうとする者がいる。

 普通の人間なら背骨が折れている。ドールの背はそんな曲がり方をしている。

 僕たち4人はその人物を見上げた。

 それは女性だった。

 ぬっと突き出た女の右足がドールの背の中心に乗っかっている。

 すらりと綺麗に伸びた脚。そして、全体的に無駄のない体つき。

 そのOL風の女の顔は・・AIドールの肉感だ。

 この女もおそらく国産型ドール。

 それもA型ドール。山田課長の所持していたのと同タイプだ。

 彼女は体にピッタリとした紺のスーツを着ていて、

 倒れているドールとは格が上のように気品に溢れ返っている。上質な雰囲気が漂っているし、なぜか人間の女性のような気位の高さがうかがえる。


 だが、それよりもこの状況はいったい何だ?

 A型ドールがB型ドールを足蹴にしている。まるでその身分の圧倒的な差を見せつけるように。

 そして、A型ドールの口をついた言葉は、

「この芸なし!」だった。

 強く鋭い口調だった。一切の妥協を許さない冷たい言い方だった。

 僕は一瞬で状況を理解した。

 倒れているドールはB型。それを見下しているように立っているのは国産A型ドールだ。


 A型ドールはB型ドールの上に置いた自分の足の踵をぐいぐいとねじ込むように回した。

 すると、B型ドールは背をそり上げて「うッ」と声を出した。 

 その状況を見て佐山さんが「あの、そんなことしたら、彼女が・・」とA型ドールを制するように言った。

 すると、B型ドールの彼女は顔を上げ、

「いいんです」と弱々しい声で佐山さんに言い、

 B型ドールはA型ドールを見上げると、

「ゴメンナサイ。ワタシ・・芸ができません」と小さく言った。

 すると見下しているA型ドールが、彼女の髪を強く引っ張り上げた。

 ドールだからだろうか、悲鳴を上げはしなかったが、僅かに苦悶の表情を見せた。


「本当に役立たずね」

とA型ドールが吐き捨てるように冷淡な声で言った。A型ドールなりの感情があるような言い方だ。

 そして今度は、A型ドールはB型ドールの背にどかっと尻を乗せた。お尻の重力に下敷きのドールは「うむッ」と苦悶の声を上げた。

 A型ドールのタイトスカートがずり上がり、その太股が露わになった。はしたない大股開きの格好だ。恥らいというものはインプットされていないのか。

 髪を振り乱したA型ドールは彼女の頭をぐいっと掴み上げ、ぐりっと回転させた。

 するとB型ドールの頭が変な方向に曲がった。

 それでも彼女は悲鳴も上げず、両手で頭を元の位置に戻した。


 その様子に佐山さんが「ひッ」と小さく悲鳴を上げ、清水さんが「ひどいわ」と言った。

 植村が「やめてあげろよ」と声を上げた。「やり過ぎだろ!」

 僕がA型ドールの行動を制しようと立ち上がり、その腕を掴もうとすると、

 下敷きになっているドールが、

「いいんです・・ワルいのはワタシですから」と小さく言った。


 隣の部屋から、

「おいおい、他のお客さんの前では派手なことはやるなよ」

「そうだ。やるならこっちの部屋でやってくれ。見えないじゃないか」

 向こうの席でそんな声が上がる。

「そうだそうだ。楽しい余興は目の前で見ないとな」

 余興? 今、あいつら、余興と言ったな。まだ続ける気なのか。


 A型ドールは、上司らしき男の声を受け、

「部長・・かしこまりました」

 そう言ってA型ドールはB型ドールを抱え込み、隣の部屋、元彼女がいた部屋に放り投げた。どすんと響く。圧倒的な力だ。ドールにはこんな力もあるのか。

 イズミはどうなんだろうか? いや、なさそうだな。

 向こうの部屋で「おいおい、乱暴な投げ方だな。ビールが零れたぞ」と言う声がした。

 B型ドールが物扱いされていることがよくわかる。

 誰かが「早く、余興の続きをやれよ」と言った。


 お隣さんの幹事らしき男がやってきて「すまんね。お騒がせして」と謝りに来たが、酔っているので謝っている風には聞こえない。

 清水さんが「ちょっと扱いがひどいんじゃないですか」と抗議すると、

 男は酒臭い息を吐きながら「いやあ、これもうちの社風でしてね」と言って、口調を変え「はっきり言って、そんなことに口を出さないで欲しいんだけど」と謝っているのか怒っているのかわからないような言い方をされた。

 僕は「もういいですよ。あんたたちと関わりたくないから、早く間仕切りを元に戻してくれ」と言った。

 男は「ちっ」と舌打ちをして「若い奴は下手に出るとすぐにつけやがる」と言って向こうの部屋に消えた。

 そして、誰かが間仕切りを元に戻すと中の様子は分からなくなった。


 清水さんが「なに今のは、失礼ね!」とかなり憤っている。

 植村が「すっかり酒が不味くなったよな」と言うと、

 佐山さんは「あの人・・ドールが可哀想です」と悲しげな顔で言った。


 可哀想・・

 そう思われるような感情が受ける側のドールの方にあるのかどうかはわからない。

 A型ドールに酷い扱われ方をしても、ぜんぜん平気かもしれない。

 しかし、「芸ができません」と言ったB型ドールの顔は悲しげに見えた。

 普通の人間の女性のように悲哀に満ちていた。


 おそらく、B型ドールには人間を楽しませる芸、余興のようなものは予めインプットされていないのだろう。そんなものは必要がないのかもしれない。

 しかし、そこにつけ込む人間の意地悪がある・・しかも、その罰のようなことをA型ドールにさせている。

 植村が小声で僕に「さっきのさ・・俺、ムカついてしょうがないんだけど」と言った。

 同じドールを所有している者同士、考えは同じだ。


 そんな植村に僕はこう言った。

「B型ドールは、フロンティアを求めて逃げ出すらしいよ・・」

 B型ドールは寿命が僅かと聞く。

 その間、彼女たちは人間、又はA型ドールにさっきのように酷使される。それがどんなに辛いものなのかは想像できない。しかし、彼女たちがどこかへ逃げたいという気持ちは少しわかる気がした。

 彼女たちが目指すのはフロンティア。そこには何があるのだろう。

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