第41話 A型ドールとB型ドールの格差①

◆A型ドールとB型ドールの格差


 居酒屋でそんな雑談をしている時だった。

 隣の部屋から大きな声が僕たちの部屋に流れ込んできた。

 部屋は一応間仕切りはされているが、大きな声は筒抜けだ。


「向こうの席、騒がしいですよね」

 佐山さんが困惑の表情を見せる。清水さんが「仕方ないわよ、こんな店だもの」と言った。

 植村が「こっちはこっちで騒げばいいんじゃないか」と話をそらす。

 お隣さんはどんどん賑やかになっていく。

 おそらく、隣で飲んでいるのは10人位はいるような騒ぎっぷりだ。


 そんな時だ。こんな男の声が耳に飛び込んできた。

「おい、なんか芸をして見せろよ」

 芸・・宴会芸か。したくないな。僕はいつも何かの言い訳をして断っている。 

 それにしても年の暮れの忘年会の芸にしちゃ、まだ早い。部下でもいじめているのか?

 すると、別の男の声が、

「B型ドールでも、芸くらいはできるだろ」

 ドール・・それもB型のドール。

 ドールが居酒屋にいるのか。

 B型ドールは、

 以前、通りで見かけた。それはOLのような格好をしていたドールだ。何かから逃げていて、何者かわからない男たちに連れ去られた。その後、どうなったかはわからない。

 あの山田課長の会社でもB型ドールを購入しているらしい。機械的な単純作業に従事させているということだ。

 そして、その寿命はA型ドールに比べてはるかに短い。

 ネットの掲示板ではB型ドールは「フロンティア」を目指して逃げているのだ、と書き込まれていた。


 そんな隣の声を受けて、清水さんが

「AIドールは、うちの会社でも導入が検討されているようですよ」と言った。

 清水さんによると、

 A型は営業に向いている。

 B型は伝票の整理や、帳簿付けなんかさせたら、間違いも人間に比べて格段に少なく、入力ミスもないそうだ。

 そんな話題に僕は発言を控える。

 もし、僕たちがフィギュアドールを所持していることが彼女たちに知れたら、おそらく引いてしまわれることだろう。


 ところが、植村は、そんなことを考えるはずもなく、

「国産のフィギュアドールは、必要事項のインプットで作成されるんだろ。誰がインプットするんだろうな」と言った。

 こいつ、情報を自慢したいのかよ。清水さん向けか。

「あら、植村くん。よく知ってるのね」

 案の定、清水さんの気を引いた。

 更に気を良くした植村は「ドールは思念で作る方がいいのにな」と言った。

 僕は「おいっ」と隣の植村を肘で小突いた。

 思念で作ったお母さんドールに困っていたのは梅村本人だろうが。

 小突かれた植村は「僕はそんなには知らないんだけどね」と頭を掻いた。

 すると、それまで清水さんの隣で黙って聞いていた佐山さんが、

「そのドールって、ボーイフレンドなんかもできるのでしょうか?」と言った。

 ボーイフレンド? 

 つまり、男のAIドールか。想像したくないが、あってもおかしくはない。


 佐山さんの言葉を受けて、植村が「そんなのできたら、この世の中、未婚の男女で溢れ返ってしまうよ」と笑った。

 すると佐山さんは、

「ええっ、植村さんは何か変なことを・・イヤらしいことを考えてませんか? 私の場合は、一緒にお買い物を楽しんだり、話し相手になってくれるボーイフレンドが欲しいなと思っただけで、結婚とかは、また別の話ですよ」と言った。

 植村は慌てて「そうだよな。ドールと結婚とかありえないしな」としきりに弁解した。

 いや、そんなドールが欲しくて、植村はフィギュアプリンターを買ったんだよな。


 そんな和やかな雰囲気の中、その物音はした。

 物音と言うか、隣の部屋と区切っている間仕切りがぐわっとこっちの部屋に倒れ込んできたのだ。

 間仕切りは植村の真後ろまで倒れ込んできた。僕と植村は慌ててかわした。

 僕と植村の間に倒れた間仕切りの上に、一人の女性がうつ伏せにどうっと倒れてきた。

 どこかの会社の制服を着ている。色は紺色で下は大胆なミニのタイトスカートだ。

 目のやり場に困る。

 清水さんと佐山さんはその女性に「大丈夫ですか」と声をかけた。けれど女性は起きない。当然、返事もない。


 一体何の騒ぎだ。

 幸いにもテーブルは乱れはしなかったが、失礼極まりない。

 僕と植村は同時に隣の部屋を見た。

 あちらさんは、男4人、みな中年、そして、OL風の女性が2人だ。

 その中の上司らしい50位の剥げかかった男が、「いやあ、すまん、すまん」と謝りながら頭を掻いている。悪気があったわけではなさそうだ。

 それより、この倒れている女性を何とかしないと、

 そう思っていると、50男は、

「その女・・いや、ドールなら気にしなくていいよ。自分で起きるだろうから」と言った。

 ドールだと?

 倒れているOL風の女は男の声に従うように上体を起こした。

 そして、顔を上げ僕たちに向かって「ミナサン・・ゴメンなさい」と謝った。

 その顔は確かにフィギュアプリンターで作られたAIドールに間違いなかった。

 だが、あの山田課長の横にいた国産型A型ドールと比べると若干見劣りがするような気がした。服のあちこちが汚れている。

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