第40話 飲み会へ②

 僕は短縮登録してある家の番号にかけた。

 5回ほどの呼び出し音でイズミは出た。

 家の固定電話にはディスプレイがないので、誰からの電話かは、わからない。

 電話の向こうで「ハイ」と声がした。

 少し慣れてくると、可愛い声だ。家で待機しているイズミの仕事は錠剤と水を飲むこと、その他に充電、そして居眠りしかない。

 他に敢えていうなら、僕の帰りを待つことくらいか。

「こちらは、イムラです。ソチラは、知らない人ですか?」

 イズミはそう言った。前と同じだ。

 僕は「イズミ、僕だよ」と言った。これも前と同じ。

 するとイズミは「『ボク』ですか?・・少々お待ちください」と答えた。

 じれったいな。そうそう「僕」と名乗る奴なんていないぞ。「オレ、オレ」と言う奴ならいそうだが。

「ミノルさんですね・・声をニンショウしました・・今回で二回目ですね」と言った。

 なんだそれ。データが蓄積されているのか? ポイントでもつくのかよ。


「あのな、イズミ、昼から宅配便が来るかもしれないが、呼び鈴に出なくていいからな」

 母からの荷物はハンコを押すだけのことだが、宅配の人に見られると色々と面倒だ。

「タッキュウビン」

 そう言ってイズミは再び「少々お待ちください」と言って、

「郵便局のお親戚のようなものですね」と言った。

「まあ、そうだな」と僕が言うと、

 イズミは「モトバライなら、商品を受け取り印鑑を押すだけ、そのあと、『ごくろうさま』とありますが」と言った。

 イズミは、それくらいなら自分でもできる、そう言いたいのか。

 それならば、自分でしてみろ、と言いたいところだが、やはり不安がつきまとう。


「宅配に出るのは、イズミがもうちょっと大きくなってからだ」

 そう僕が言うとイズミは声を大にして、

「ワタシは、これ以上は大きくなりませんが、ミノルさんがオノゾミとあらば、身長くらいなら伸ばせますが」と言った。

 自分で自分の足を引っ張る方法のことだな。あんな方法はもういい。壊れたりしたら大変だ。修理をどうすればいいのか、とも考える。


「いずれにせよ。宅配の呼び鈴は無視してくれ」と僕は言って、イズミが「はい」と返事をするのを聞くと同時に電話を切った。


 電話が終わると、植村が寄ってきて、缶コーヒーを差し出した。

「この前のお礼」と言って笑顔を見せた。


「あれから、どうなった?」と僕が訊ねると、

「ちょっと落ち着いたよ」

「夫の不在・・お父さんを探すとか言ってないのか?」

 僕はそう訊きながら、人間の認知症のことを並行して考えた。

 しかし、AIドールは人間ではない。

 更に、しかしだ。

 そんなAIドールと人間の共通点もあるのではないだろうか。

 忘れたり、何かを急に思い出したり。


 植村は「今のところは言っていないよ・・けど、よく眠るようになったな」と言った。

 よく眠る・・イズミとは規格の異なるドールは、ネットの情報によると寿命が短いと聞く。

 AIドールの死、すなわち、お母さんドールの喪失。

 それを植村はどう受け止めるのだろうか。


 植村は、

「それより、井村、今夜こそ飲みに行こうぜ」と言った。「気晴らしだよ」

 僕は先日断っているので、今日はさすがに受け入れることにした。

 僕が「OK」を出すと「清水さんも誘っとくよ。男だけじゃつまらんだろ」と言った。


 僕は家に電話をかけ帰りが遅くなることを言った。そして、動かないように、電話や呼び鈴にも出ないようにきつく言っておいた。

 イズミは、

「承知イタシマシタ・・サラリーを受け取る人は、上司、および同僚とのおつきあいがタイヘンだときいております」と変な日本語で応えた。

 でも、なんとか大丈夫そうだな。


 そして、夜7時、会社の近くの居酒屋で植村と先に飲んでいると、経理の清水さんと営業の佐山さんが混ざった。

 いつも会社の制服でしかみない二人の私服姿は新鮮だった。

 活発そうなジーンズの清水さんに、どこかのお嬢さんのような佐山さん。

 経理と営業という業務柄を考えると、雰囲気は逆のような気もするが。


 ビールで乾杯をした後、清水さんは、

「井村くんが来るなんて、珍しいわね。いつも断っているのに」と笑顔を見せた。

 清水さんには植村が片思いをしているということだ。清楚なイメージの彼女には僕も惹かれる。

 植村が「そうなんだよ。清水さん、井村はつき合いが悪いんだ。清水さんからもちゃんと言っといてくれよ」と言った。

 僕は頭を掻きながら、「いや、僕はどっちかと言うと、お酒もそんなに飲めないし、家でゲームをしたり、本を読んでいる方がいいっていうか・・」と適当に誤魔化した。

 まさか、家でAIドールがお留守番をしている、とも言えない。植村もその辺は含んでいてくれている。

 清水さんの友人なのか、横におしとやかに座っている佐山さんが「私も、本を読むのは好きですよ」と言って「面白い本があったら、今度貸してください」と続けた。


 そんな佐山さんの発言に清水さんが「そんなに本を読んでいるのだったら、佐山さんも遊びに行かせてもらったら?」と状況を促した。

 植村が調子に乗って「そうそう、井村の家なら気兼ねなく・・井村は一人暮らしだし・・」と言いかけ、言葉を濁らせた。おそらく僕の家にイズミがいることを思い出したのだろう。

 しかし、植村の気遣いの甲斐もなく、

 佐山さんは「本当ですかあ」と素敵な笑顔を見せ「先輩の家、今度お邪魔してもいいですか」と訊いた。

 うーん・・僕は考えた。

 現在、独身の僕は佐山さんのような人と近づくのはいいチャンスかもしれない。

 佐山さんが来る時、イズミにはどこかに隠れてもらうか、植村に預かっていてもらうかすればいい。

 僕は考えをまとめると「いいよ」と答えた。

 しかし、いきなり家はまずいな。それに、僕は佐山さんのことを何も知らなさすぎる。どちらかと言うと清水さんとはよくしゃべったりはするが。佐山さんと口を聞くのは今夜がほぼ初めて状態だ。


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