第39話 飲み会へ①
◆飲み会へ
仕事中、珍しく母から携帯に電話があった。
母にはこの携帯の番号は教えてあるが、母はいつも自宅の固定電話にかけてくる。要するに携帯とかの新しいものについていけない人なのだ。
ディスプレイに映る実家の番号と「母」と書いたゴシック体を見ながら、
「何かあったのか?」と考えながら通話ボタンを押した。
電話口にいきなり飛び出した母の言葉は、
「ちょっと、みのる。いつのまに家の電話を、変な声の留守番電話に変えたの?」だった。
留守番電話? そんなの変えていないし、と思ったが、思い当たる節がある。
イズミだ!
やべえっ・・
母からの電話にイズミが出たのだ。
固定電話にかかってくるのはセールスか、母くらいしかない。
そんな理由で、イズミに電話に出ることを禁じてはいない。その方が、前回のようにイズミに連絡することもできる。
だが、今更、AIドールを所持していることを隠してもしょうがない。
母はアパートに時々来ることがある。鍵も持っている。その時に驚かれるよりはましだ。
「お母さん、実はさ、面白い人形を買ってさ」と適当に誤魔化しながら伝えた。
「お人形って・・みのる、女の子みたいに」
「そんなことないよ。今、若い子の間で流行っているんだよ」
「でもお人形かなんか知らないけれど、メッセージを入れようとしたら、変なことを話し出すから、びっくりして」
「変なこと?」
イズミは、なんて言ったんだ?
「お母さん、最初から順番に話してくれないか。よくわからない」
「何を言っているの。自分で留守電の設定をしてるんでしょ」
「内容は忘れた」
「はいはい、最初から言うとね。『はい、イムラです』と機械音が出たから、メッセージを『お母さんです。帰ったら電話をください』と入れたのよ。そしたら」
「そしたら?」と僕は話を促す。
「そしたら」と母は言いかけ、くすくすと笑いだした。
「お母さん、何だよ。何を言ったんだよ。早く言ってくれ。こっちも忙しんだ」
母は「はいはい」と言って、「何て言ったっけ」と思い出すように言うと、
「そうそう。そしたらね『お母さまですか。よろしく、お願いいたします、と言いました』って、確かにそう言ったわよ」
なんだそれ。
母は続けて「みのるも面白い留守番電話の設定をするのね、と思っていたら、『お母さまにおかれましては、お元気ですか?』なんて言うから、面白くて、『はい、お母さんは元気ですよ』って言ったら、『それは、ミノルさんもたいそう大喜びです』って言ったのよ。おかしくって。でもあれって、その買ったお人形がしゃべっていたのね」
「人形じゃなくて、AIドールって言うんだ」と僕は言った。
さすがに「イズミ」と名前を付けてることまでは言えない。
「面白かったけれど、ちょっと怖くもあったからそれで切っちゃったのよ。お人形さんだと知っていたら、もっとしゃべっていたらよかったわ」
母は惜しむように言った。そして「お人形さんもいいけど、早くお嫁さんを見つけなさいよ」と言い足した。
「それで、今日は何の用事だったんだよ」
僕の問いに母は「いろいろと野菜を詰め込んで送っといたから」と言ったので、「わざわざいいのに、そんなことしなくても、ちゃんとご飯なら食べてるからさ」と返事した。
「だけど、みのるはコンビニの弁当ばかり食べてるから、お母さんは心配で。ちゃんと野菜をとらないと」
そんな母の思いのこもった言葉を聞いているうちに僕は、ふとあることに気づき、
「お母さん、その宅配便、いつ届くんだ?」と慌てて聞いた。
「たぶん、今日だけど、不在通知になるだろうから、あとで受け取るといいわ」
僕は「そうする」と適当に答え、母の電話を切ると、
家に・・イズミに電話をかけた。
宅配の人が来て、イズミが玄関に出たりしたら大変だ。
驚くだろうし、
万が一、イズミに興味を示した男がイズミを盗難! なんてことになったらそれも大変だ。
携帯で家に電話をかけようとすると、同僚の植村が寄ってきて、
「井村、日曜日はありがとな」と言って、「これを上げるよ」と何やら袋を差し出した。
僕が「なんだこれ」と訊ねると、
「イズミちゃんの錠剤だよ」と答えた。
植村なりのこの前の出来事のお礼だ。「すまん」
僕はありがたく受け取ることにした。中には一か月分のイズミ用の錠剤・・食事が入っていた。
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