第36話 交信は成功か?

◆交信は成功か?


 3分後、イズミが予告通りに復活すると、

「ミノルさん・・そろそろいいですか?」とイズミは何かの執行人みたいに言った。

 

 交信は、予め植村の承認済みだ。

 ドール同士をつなぐケーブルを植村と折半して購入した際、植村はこう言った。

「なあ、井村、このケーブルで、お母さんが・・ドールだってことがわかるんだな?」

「イズミがそう言っている」と僕は答えた。

「だったら、ちゃんと教えてやってくれ・・自分がドールだということを・・あのままじゃ、お母さんが可哀相だ」

 自分のことがわからないのは、ある意味悲劇だ。

 イズミは自分がドールだと知っている。

 僕だって、自分が人間だと思っている。

 だが、植村のAIドールは自分自身を人間・・そして、植村の母親だと思い込んでいる。

 それは是正されなくてはならない。

 その結果、新たな悲劇を生むことがあっても。


 僕は鞄から5000円のケーブルを取り出した。

 このケーブルをイズミの体に差し込む場所は分かっている。充電する際の差し込み口と同じだ。

 問題は、目の前のお母さんドールをどうやって説き伏せるかだ。


 僕は植村に「おい、おまえのAIドールに、いや、植村のお母さんに・・」と言いかけ、

 ああっ、まどろっこしい!

「植村からお母さんに、ケーブルを繋ぐように言ってくれ!」

 僕は言葉をむき出して言った。生々しい言い方だが仕方ない。

 すると、植村の顔が歪んで

「そんなこと・・お母さんに言えないよ」と言った。泣きそうな顔をしている。

 おい、植村、打ち合わせと違うぞ! 男らしくない。


 そう思っていると、横のイズミが僕の腕をクイクイと引っ張り「何だ?」と訊くと、

「こういうのを・・オウジョウギワが悪い・・というのですね」と言った。

 僕は思わず吹き出した。往生際が悪いって、

 イズミ、最高だ! 的確過ぎる。

 そう言われた植村は「確かにそうだな・・イズミちゃんの言う通りだ」と覚悟をしたように笑った。

 AIドールに心情を見抜かれては、人間としても格好悪い。


 そう言った植村は横のAIドールに「お母さん、イズミちゃんが話があるそうなんだ。聞いてやってくれないか」と言った。

 そう言った植村は何かから解放されたような表情をした。


「ええっ、コウイチ、いったい何なのよ?」

 お母さんドールは植村にそう言って、すぐにイズミに向き直り、

「イズミちゃん・・ワタシ、なんのことだが、わからないわ」と言った。

 対してイズミは、慌てず、動揺もせず、

「背中に、充電するための差し込み口があるはずです」

 きっちり、変な日本語も使わずに淡々と言った。

 差し込み口が背中に・・イズミの場合は脇だった。

 だが、そんなことよりも目の前のドールはどう反応するのか?

 ふだん植村はどうやって充電しているのか?

 そんな疑問はすぐに解消された。


「あら、イズミちゃん。よく知っているわねえ」

 お母さんドールはそう言って微笑んだ。「たしかに背中にあるわよ」と言って「手が届きにくいから、コウイチに差し込みをお願いしているのよ」と説明した。

 なるほど・・

 変な会話で、変な論理だが、

 このAIドールは自身をドールだと認識していないかもしれない。

 だが、生活する上での最低限のことはドールとして充電したり、睡眠をとったりして生きている。おそらく錠剤なども躊躇うことなく摂取しているのだろう。


 そして、イズミは次の段階に進んだ。

「ワタシとこのケーブルをつかってコウシンしてください・・」

 ついに、交信・・

 イズミはケーブルを手にして、差し込み口をお母さんドールに向けた。なんか痛々しいな。そして、イズミ・・残酷だな・・と勝手に思った。

 

「そのケーブルで何かわかるの?」

 お母さんドールは僕とイズミに訊ねた。

 イズミはその質問に「アナタのことがわかります」と即答した。

 イズミはどうやって、相手のドールに分からせるのだろうか?

 

 イズミが言った言葉に、お母さんドールが、

「私も、変な気がしてたのよね」と言った。


 僕は「変な気が、って・・どこかおかしいのですか?」と訊ねた。

 僕の質問にお母さんドールは「そうねえ」と言って美貌を傾げ、

「たとえば・・私、すごく若いのよ」

 お母さんドールはとても若く、35歳前後にしか見えない。植村の母親なら、生きていたのなら、50歳は超えているはずだ。

 彼女は自分の年齢が不自然だと気づいている。


 僕はイズミの作業を援護するつもりで、

「僕から見てもおかしいと思います」と言った。

 僕の言葉を受けて、

「それに・・もっとおかしいのは、私、ご飯を食べないで・・お薬ばかり飲んでいるのよ」と言った。

 それもおかしい・・人間ではない。


 すると、お母さんドールは植村に向き直り、困惑したような表情で、

「ねえ、コウイチ・・お母さん・・もしかして、死んでいるのかしら?」と言った。

 生きているも死んでいるもない・・あなたはただのAIドールだ。

 しかし、その記憶・・それはどうなっている?


 お母さんドールに植村は、

「な、何を言ってるんだよ。お母さんは生きているよ・・その証拠に、こうして話しているし、毎日、僕の食事を作ってくれているじゃないか」と懸命に言った。


 植村の必死の言葉に、僕は少し感動を覚えていたが、横のイズミは「このドール・・ショクジを作ることが可能?・・」と一人でぶつぶつ言っている。

 イズミはAIドールは料理ができないものと思っているらしい。都合のいい勘違いと言うものだ。


 そして、イズミは淡々と、

「では、背中を出してください」と言った。

 少女が大人の女性に向かって「背中を出せ」と言っている光景もなかなか見たことがないな。

 お母さんドールは拒否するものと思われたが、「ええ、いいわよ」と応え、背もたれのない丸椅子に座り直し、皆に背を向けてブラウスをたくし上げた。

 その綺麗な・・染み一つない肌・・当たり前だが、

 そこの中心部には確かに小さな差し込み口があった。

 

 穴を確認したイズミはまず自分の脇腹にケーブルを差し込み、反対側のケーブルのジャックを植村に差し出して、

「そこのオジサン・・これをその人に差しこんでください」と命じた。

 植村に「おじさん」って、ずいぶん偉そうな物言いだな。

 その植村おじさんはケーブルの先を受け取ると、お母さんに向かい、

「これを差すけどいいかい?」と言った。

 すると、ドールは返事をする代わりに植村の持つケーブルを奪い取り自ら背中に差しこんだ。

 差し込んだ瞬間、お母さんドールは「うっ」と艶やかな声をあげた。

 なんか、エロイな・・イズミはこんな声を出していたか?


 そんなどうでもいいことを思っていると、

 イズミの目が青く点滅しだした。

「コウシン・・開始します」イズミはそう言った。

 なんかすげえな、かっこいい・・イズミのことを初めて見直したぞ。こんな能力があるんだな。

 イズミは真正面のお母さんドールを直視し、彼女の方はケーブルを繋いだ背を向けたままだ。

 5分経過・・

 イズミは口を閉ざしたままだ。植村も黙っているし、お母さんドールは壁の方を向いたままだ。

 お母さんドールをよく見れば、微妙に振動、いや、痙攣しているようにも見える。

 イズミが何かの情報を伝達しているのだろうか?

 イズミに話しかけようにも、その瞳が青く爛々と光っているだけで、話しかけるのが躊躇われる。


 しばらくすると、お母さんドールの背がぐいっと反り返り、顎が上がり顔が天井を向いた。

「ああっ」と呻くような声を放って、彼女は丸椅子の向こうの壁に両手をつき、更に体を伸びあがらせた。そして、更に痙攣のような震えが全身に走った。


 たまらなくなった僕はイズミに、

「大丈夫か? 彼女はどうなっているんだ?」と訊ねた。

 イズミは青い目のまま、僕に向き直って、

「ミノルさん・・チョット黙っててください」と言った。

 僕は「はい」と言って黙った。

 イズミに怒られたぞ。

 無表情のくせしてイズミの顔がちょっと怖かった。


 お母さんドールに再び目をやると、彼女は壁に当てた両腕をずるずると下に摺りおろし壁から手を離した。

 そして、自ら背中のケーブルを引き抜いた。

 それが交信の完了なのか、中断なのかはわからない。

 その全てを知っているイズミが、

「アアッ」と叫んだ。

 イズミのこんな生々しい声、いや、何かを裂くような声を聞いたのは初めてのことだ。いつもぼそぼそと話す声しか聞いたことがないのに、

 

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