第34話 イズミ、外出する②
「そういえば、イズミの頭の中が分離・・というのはどうなったんだ?
分離しているイズミの方が面白そうなんだがな・・
僕の質問にイズミは、
「ワタシは空を見ています。ワタシ自身も外に出て喜んでいます・・と、言っているようです」と答えた。
よくわからない言葉だが、
「それ・・分離しているよな・・たぶん、まだ分離しているぞ」
僕とイズミはそのまま僕が契約している月極駐車場に向かった。僕の愛車、軽自動車のムーブがそこに停めてある。走行10万キロ以上だ。
「キカイがたくさんありますね」と言ったかと思うと、「あれは自動車というものですね」と改めて言った。
20数台の車を眺めたイズミは、
僕の愛車を指差し、「あの車が、ミノルサンの車ですね」と言った。
その指差す先には僕の愛車、軽のムーブが佇んでいる。
すごい! 「どうしてわかったんだ?」
イズミの思考回路には全く関心させられる。
「ミノルさんの情報を集め、頭の中で整理しました」とイズミは答えた。
「ミノルさんにイチバンふさわしい車がどれなのかを・・」
まさか、AIが車に染みついた僕の体臭を嗅ぎ分けた? なんか不愉快だが、もしそうなら、それも凄い!
遠方から車載の車検証をスキャンした? あり得ない・・
まさか・・イズミなら・・
悪い予感がする・・
「あのおクルマが一番・・んぷっ」
僕は手を繋いでいる反対の手でイズミの口を塞いだ。
「んむっ・・ミノルさん・・なにするですかっ!」
イズミは口を閉ざされ、「むうっ、ふむうっ」と呻き声を上げた。イズミの声がなんか生々しい。
そんなイズミに僕は、
「イズミは、今、あの車が一番安物に見える・・そう言おうとしていただろ?」と問い質した。
イズミは「ちがう、ちがう」と言う風に首を左右に振った。
違う?
僕からイズミの口から手を離すと、
「あのおクルマが、一番、ミノルさんに、お似合っている・・そう言うつもりで」と言った。
僕に似合っている・・そうだったのか。
「ごめん、僕が悪かった。そうとは知らず」とイズミに素直に謝った。
僕に似合っている車・・なんか、それも納得できない・・僕は周りの高級車を眺めながら思った。
何とか、車まで辿り着き、助手席のドアを開け、イズミをシートに座らせた。
イズミは座り心地を確かめるようにお尻を何度も動かした。シートベルトをイズミの体に回し付けると、イズミは自分で装着した。
さあ、出発!
車が始動し、公道に出ると、
何やら興味深げに、車載のナビシステムを見ていたイズミが、
「これは、かなりもかなりの、ヤスモノのAIですね」と言った。
むっとしたが、ここは抑えて、
「これはAIと言えるものじゃないな。それにかなりの旧式だ。マップも現実の道路や店情報を合っていない箇所がずいぶんとある」
ナビは更新もせずにほったらかしだ。
「ミノルさん」とイズミが運転中の僕に声をかける。
「なんだ?」
僕は前方を見ながらイズミに訊ねる。
「これと、ドウキできますが・・」
「ドウキ?」
同期のことか?
「この古そうなナビとワタシのすぐれたAIをドウキさせれば、サイキョウのシステムに生まれ変わりますよ・・と、ワタシはミノルさんに言いました」と、イズミは言った。
何、その日本語? やっぱり分離のせい?
分離しているイズミがナビと同期だと?
「いや、同期はいい・・遠慮しておく・・今のシステム・・いや、ナビで十分事足りている」
僕は丁寧にイズミの申し出を断った。
危なそうだ。事故でもしたら大変だ。
言い訳もできない・・
・・AIドールと、ナビが同期してしまって、とか。
イズミは申し出を断られたのが不服なのか、運転中はだんまりを決め込むつもりなのか、景色を眺め始めた。
そして、イズミはこう言った。
「実際にコウシテ、メで見るのと、知識として知っているのはチガイますね」
イズミの思考回路には世界の景色も情報として入っているのだな・・
確かにその通りだ。
それはAIドールにも同じことが言える。
通販サイトで眺めたり、掲示板を見ているのと、実際にこうして、AIドールを車に載せてドライブするのとは大違いだ。
イズミは助手席の窓を勝手に開けて、髪を風になびかせた。
「きもちいいです・・」と流れる髪を押さえながらそう言ったイズミは、人間の少女とまるっきし変わらない・・そう見えた。
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