第33話 イズミ、外出する①

◆イズミ、外出する


 僕の持ち物はネットで買っておいた例のケーブルだけだった。

 5000円のケーブルは二日後に届いた。

 保証書に「お買い上げが、ありがとうございました」とまた変な日本語の一文が添えてあった。

 ここで僕は推測する。

 イズミの変な日本語も、販売会社の翻訳ソフトを使ったような日本語もその根源は同じだ。

 販売会社のドールの思考回路の担当者が日本語をよく理解していない・・きっとそうに違いない。


 そんなことを考えながら、イズミとアパートの階段を降りる。

 一応「手を繋がなくていいか?」と訊ねると、

「高性能のワタシは、カイダンくらいダイジョウブです」と言って一人でアパートの階段を軽快なステップで降り始めた。

 コツンコツン・・一つ一つの靴の音の響きを楽しむようにイズミは下りた。


 階段を降りると、

 イズミは空を見上げ、手を翳しながら目を細めた。

「まぶしいです」

「上を見るからだろ」と言って「太陽を直接見ちゃダメだぞ」と僕は子供に言うように言った。


 イズミは今度は下を見て、

「これは、蟻んこさんですね」と言った。

 そう言われ足元を見ると、なるほど、アリが数匹、列を成して、どこかに向かっている。

 いや、そう言う問題ではなく、

「イズミ、歩く時は、下を見ずに真っ直ぐ前を見るんだ」と言った。

 そう言われてもイズミは、蟻に興味があるらしく、立ち止まって蟻を見ている。

 そして、

「ココロはありますか?」と言った。

 アリに心があるのか? と僕に訊いているのか?

「あるよ。学術的に心と呼べるものかどうかはわからないが、蟻にも、どんなものにもそれらしきものはある。動くものは皆同じだ」

 ・・と、僕は普段話さないような哲学的なことを言ってみた。自分でも恥ずかしい。


「では・・このワタシ・・イズミにも心はありますか?」

 イズミは僕の顔を見上げて尋ねた。

「あるよ・・じゅうぶんあるよ」と僕は純粋に答えた。

「ジュウブンあるよ」とイズミは復唱して、また蟻に目を移した。

 イズミは蟻を見ながら、その言葉が気に入ったのか、蟻に向かって「ジュウブンあるよ」と言った。

 そんなイズミに、

「アリを踏んづけないようにな」と注意喚起し、

「ほら、立ち止まっていないで、行くぞ!」

 そう言うと、イズミは、右手を挙げ、僕の胸の辺りに差し出した。

「……」

 全く意味が掴めないので黙っていると、

「いのちは、大事なものと聞きました」

 イズミはそう意味不明の言葉を言って、僕にまだ手を差し出したままだ。

 僕とイズミは立ち止まったままだ。

 僕は突っ立ち、イズミは僕に手を差し出している。

 ・・何だよ。この状況は。

 僕が「おい、イズミ、何が言いたいんだよ」と言うと、

「ミノルさん・・ワタシの手を・・」と小さく言った。

 そっか、それなら早く言えよ。

 手を繋いで欲しかったんだな。

 僕がイズミの手を握ると、その手は握り返された。

 弱い風が吹いた。

 イズミの右手は僕と繋がれ、左手で帽子が飛びそうになるのを押さえている。

 徒歩わずか3分ほどの駐車場に辿り着くまでに時間がかかりそうだな。

 ま、いいか。今日は休日だ。植村の家に行くことしか予定がない。

 するとイズミが、

「ミノルさん。手をつないでくれるのはかまいませんが、おトモダチ同志は手をつなぐものでないそうです」

 どういうことだ? イズミの方から手を伸ばしてきただろ。

「イズミ、僕と手を繋いで歩きたかったんじゃないのか?」

 イズミは首を振って、

「そんなキモチはモウトウありません」と言った・・毛頭と。

 なんか気分が悪い言い方だな。

「だったら、何で、手を繋ごうとしたんだよ!」

 説明しろ! と言わんばかりに僕は言った。


 イズミはしばらくいつもの思考の海に沈み、そこから抜け出すと、

「イズミ1000とは無線、その他の型とはケーブルでつながります」と繋がる手段の話を説明し、

「でしたら、ワタシことイズミは、人間のミノルさんと、どうやったら、つながるのか? と思った次第でした・・」

 うーん。よくわからないが、つまりは試してみたんだな。

 僕の心がわかるかどうか・・

 そんなの手を繋いだだけでわかるはずもない。

 僕がイズミの手を振り解こうとすると、イズミは手が離れないように、ひしと、その手に力を込めた。

「でも、手をつなぐのも、いいものです」と言った。

 ま、僕の方もそんなに悪くはないな・・


 人間とAIドールは、どうしたら、お互いの心がわかるのか?

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