第24話 イズミの才能
◆イズミの才能
家に帰ると、イズミは充電中だった。
最初の充電以外は、自分で勝手に充電するということだ。
横になって自分の体にコードを専用のコードを差し込んでいる。
・・それはいいが、この充電にかかる電気代・・いくらかかるんだ?
今月分の請求書を見るのが怖くなってきた。
僕が帰ってきたのを見て、イズミは起き上った。
「おい、まだ充電中なんだろ? 起きていいのか?」
と僕が心配になって言うと、イズミは「ダイジョウブです。どうか気になさらず」と相変わらずの無表情な顔で言って、
「ミノルさん。オカエリなさいな」と頭を下げた。
そう言われた僕はなぜか照てくさかった。誰一人いない部屋に帰ることに慣れている僕は初めて・・
ん?・・「お帰りなさいな」だと? 確かにイズミはそう言ったよな。
「おい、イズミ、その言葉はおかしい。ご主人様が帰って来た時には『お帰りなさい』だ。『な』を付けると、『早く、お帰りなさい』になる」
僕がそう修正させると、イズミはしばらく例の頭の中の一般常識辞典を繰り出したようだった。
そして、
「ミノルさん・・私には理解フノウです」と言った。
そうかそうか・・難しいよな。言葉って一字違うと正反対の意味になったりするものな。
だが・・これでいいのか?
僕はイズミに、「あとで、言葉をちゃんと教えてあげるからな」と言った。
イズミの変な言葉遣いには慣れてきた。それに今はどうでもいい。
それより、
「なあ、おまえ・・メシとか作ることが出来るのか?」と訊いた。
イズミが毎日ご飯を炊いたりしてくれるのなら、願ったりかなったりだ。
するとイズミは、
「メシって何ですか?」と言った。
僕の言い方が悪かったな。「メシって言うのはな、ご飯、料理、食事のことだ」とイズミにわかるように単語を並べた。
「ミノルさんのオノゾミとあらば・・」
僕が望めば・・ということか、これはラッキーだ。
そうであるのならば、イズミが食事の用意をしてくれたり、炊事洗濯をしてくれるのであれば、月々の錠剤を買う費用もそう高くはない。
なぜ、こんなことに気がつかなかったんだ!
さっそく僕はイズミに、
「イズミには得意な料理とかあるのか?」と訊ねた。
「・・おリョウリですね」
「ああ、そうだ」
イズミは「それならお任せください」と言わんばかりに考え始めた。
この世に生を受けたばかりのイズミだが、何と言っても彼女はAIドールだ。頭の中に高性能の辞書のようなものを持っている。若干しょぼい出来のようだが。
イズミは何やら思考の渦の中に入っているような顔に見えた。
僕の質問がまずかったか? イズミが初めて作る料理だ。初めて作るのだから、 何が得意なのかわかるはずもない。
イズミは「料理ですね」と繰り返した。
僕はそうだと言って。イズミが、考えすぎないように、質問を変えた。
「得意な料理が分からなければ、何ができる? どんな料理が作れるんだ?」
どんな料理でも、イズミが作るのなら、立派な手作りだ。
これでコンビニ弁当から解放される!
思い返せば8年前、僕が一人暮らしをするに当たって、心配性、お節介の母親は、「実、本当に大丈夫なの?」と何度も訊き、「週に一度くらい、ご飯を作りに行こうか?」と言った。母は僕が料理を作ることなど全く無縁・・僕が何も作れないことをよく知っている。
それは母親だからだ。母は子のことを知り尽くしている。
お母さんには悪いな・・
「おふくろの味」・・それが僕にとって「ドールの味」になってしまうんだからな。
だが将来、僕が結婚したりしたら、いずれは「妻の味」とかになってしまうんだから、今、ドールの味・・「イズミの味」になっても致し方ないだろう。
まるで、新婚生活のようなドールとの生活。
こんな形の生活があってもいいじゃないか・・
僕のために家事をするドール。暖かい食事を作って家で大人しく待っているイズミという名のドール。
待ってくれる人は人間の女性ではなくてもいい。
AIドールでもかまわないではないか。
だって、僕のために、こんなにも・・いじらしく・・
そんなことを考えていると、
イズミは思考の海の中から抜け出たような顔をして、
「ご飯は3分でできるとあります」
イズミはそう淡々と言った。かつ、無表情で。
ん? 3分? どこかで聞いた数字だな・・すごく身近な数字だ。
しかも、「できるとあります」だ。「できる」と。作れるじゃない・・
もしかして、経験がない・・料理の経験がないのか。
ある意味当たり前かもしれない。イズミはこの世に生を受けたばかりなのだから。赤子のようなものだ。
だが、イズミはAIだ。あらゆる知識の海のような、そのAIの頭脳からノウハウを引っ張り出すのではないのか?
それが3分・・
「何それ? 3分でできる、って・・それ、イズミの一般常識辞典に書いてあるのか?」
と僕が訊ねると、
「チガイマス・・お料理のレシピです」
そう平然と、かつ無表情なすまし顔でイズミは答えた。
「レシピ?・・違うだろ? それ、ただのカップ麺だろ?」
それはレシピとは言わない。
「そうともいいます」
「そうとも・・って・・要するにそれは、手間のかからない。お手軽な、即席の、インスタントのラーメンだ」
イズミに屁理屈を言われる前に、言われそうな言葉を全て列挙した。
先にそう言われたイズミは「うーん」とうなっているように見えた。
おい、植村のお母さんドールは料理が上手いって言っていたぞ。
二人は同じ種類のドールではないのか?
どこでどう間違えた?
ひょっとして・・もしかする・・僕が送った思念のせいか?
僕は無意識に料理が出来ない子を望んだのか?
いや・・それは島本さんの思念のせいかもしれない。
服の安物好きと同じように・・
いや違うだろ!・・なぜ、島本さんがそんなことを願う必要がある?
普通は料理のできない子より、出来た子の方がいいだろ。
僕はイズミに、
「なあ、ちょっと訊くけど、僕の送った思念が、料理下手な女の子だったのか?」と訊ねた。
すると、イズミは即座に口を開け、
「そうです。ミノルさんがそう願ったのです」
と早口で無茶苦茶流暢にしゃべった。おい、今までで一番早い回答だぞ!
僕は、
「それ、ウソだよな!」と強く断言した
イズミは返事をしなかった。どうやら当たりのようだ。
すると、イズミはこう付け加えた。「それに・・ミノルさんとワタシは『オトモダチ』です・・オトモダチが、オトモダチにゴハンを作るのは、とてもオカシイです」
その都合のいい言い訳に僕は、
「全然おかしくないっ!」と言い返してやった。
またイズミは黙った。どうやら僕の勝ちだな。
そう言ってスッキリしていると、イズミはだんまりを決め込み始めた。
料理の出来ない子は、僕や島本さんの思念ではなく、本来のイズミの機能・・持って生まれた資質には含まれていないようだ。
・・ということは、イズミに料理は無理?
代替的新婚生活の夢や、おふくろの味ならぬドールの味・・
さっきまでの僕の全ての夢想を返して欲しい!
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