第23話 お母さんを捨てる

◆母親を捨てる


 僕は決して美味いとは言えないコンビニ弁当を食べ、植村はお母さん・・いや、植村の母親を模したドールが作った弁当を食べている。

 植村はその弁当が、美味しいと言った。

 本当の母親が作ったご飯の味を知らない植村は、金を出して買ったフィギュアプリンターで作成されたドールの弁当を美味しいと言った。

 この現象は一体何だ?

 植村は彼女が欲しかった・・模造品の彼女でもいいから欲しいと願った。

 だが、本当に・・心の奥底にあった願望は・・

 一度でいい、お母さんに会いたい・・そんな気持ちではなかったのだろうか?


「確かにさ、お母さんに会いたかったよ」

 植村はそう言って、

「お母さんは写真でしか知らないんだ。何の思い出もない。唯一ある思い出と言えば、幼かった頃、寝る前に本を読んでもらったことぐらいだ。それだけは憶えている。その声だけは耳に残っている」

 寝る前の本・・僕も何となく憶えている。


 植村は続けて「それでも、俺の周りには・・子供の頃、俺の周りにはお母さんが大勢いた・・同級生のお母さんだ・・入学式・・参観日や、運動会、保護者面談・・学校はいつもお母さんだらけだった。俺は写真でしか見たことないのに・・ 俺は心の中で、俺のお母さんはあいつの母親より美人だ! とか、そんな風に自慢したりした」と感情を込めて言った。


 僕は「おいおい、お泣かせかよ」と言って少し笑った。

 植村は「別にそんなつもりじゃないけどさ。考えちまうよ。いきなり『私はあなたのお母さんです』っていう人が現れたら。つい昔のことを考えてしまう」

「で・・そのドールの顔は? お前のお母さんの顔なのか?」と僕は訊いた。

 お母さんの写真を見た植村が、その顔を夢を見たのなら・・そのままそっくりに作られたのか?

 僕のドール、イズミのように。

「それがなあ・・写真のお母さんよりさあ・・・」

 おいっ! 何で、そこで顔がにやけるんだよ!

 植村は「写真より、ずっときれいなんだ」と答えた。

「きれいはいいが・・写真の母親と似ているのか?」

 そう訊ねると「似ていないこともないが、ドールの方が比べようもなくきれいだ」とまたにやけて言った。

 そのにやけ顔、天国のお母さんに見せてやりたいよ。かなり失礼だぞ。

 僕が「どれくらいきれいなんだ?」と興味本位で訊ねると「女優レベルだ。胸も大きい」と満足げに答えた。

 なんか羨ましいぞ・・

 イズミの幼児体型がふと頭に浮かんだ。


 そして、僕は思った。

 あのフィギュアプリンターは・・

 持ち主の理想の物を作るプリンターであるのと同時に、

「願望機」なのだと・・それは当人の潜在的な願望をすくい出し、創り上げてしまう、そんな機械だ。


 しかし・・どうしてなんだ? 

「お前は会社の中で、「母親が欲しくないか」と言ったじゃないか・・そんなに羨ましい母親を、僕に『欲しくないか?』と言ったのはどうしてなんだ?」

 そう訊ねると、植村のにやけ顔が消え、

「だってさ・・怖くないか?」

「どういうことだ?」

「あのドール・・俺のことを『今までほったらかしにして悪かった』と謝った後、『でも、これからはお母さん、ずっと、コウイチのそばにいるからね』と言ったんだぜ」

 これからはずっと傍にいる・・

 少し、怖いような気もするが、僕は「美人さんなんだから、別にいいじゃないか。家事もやってくれるんだしな」と笑いながら言った。


 対して植村は、

「イヤに決まってるだろ。お母さんはもうこの世にいないんだ。今更、ドールの母親を、お母さんと呼んで、ずっと一緒に暮らせるわけがないだろ!」と言った。

 それもそうだな・・

 しかし、美人なんだし・・

 植村は続けて「それにさ・・俺、30歳だろ・・その母親と名乗るドールの年齢・・どう見ても、35歳前後にしか見えないんだよ」と言った。

 別にいいじゃないか・・美人なんだし・・

 ん? 

 でも、その母親ドール、植村と同じくらいの年齢になるよな・・見た目が親子には見えない・・世間的にちょっとまずいな。


「実は、昨日、井村を飲みに誘ったのは、家に帰りたくなかったんだ」

「なんで?」

「怖いんだよ・・」

 植村はその言葉とは裏腹に弁当を大満足で弁当を食べ終え、「どう対応していいのか、全くわからないんだ」

「わかるような気がする・・」と僕が言うと、

「だろ? ドールの作った夕飯を食って、ドールの沸かした風呂に入って、一緒にテレビを見る・・おかしいだろ? その後、俺はどうすりゃいいんだ? 会社であった出来事とか話したらいいのか、井村と話すように上司の悪口を言ったり、清水さんが可愛いとか言うのかよ。おかしいだろ?」

 植村は「おかしいだろ?」と連発した後、「そして、話題に詰まると、ドールは何も言わずに、じっと俺の顔を見てるんだ」と言った。「もう耐えられないんだ」


 そんな植村を見て僕は、

「よく、今まで、僕に言わなかったものだな」と笑った。

「恥ずかしいだろ! こんな話・・そもそもそんな得体の知れない機械を買うこと自体、恥ずかしい」

 僕も同じだ。買った。恥ずかしい。どの時点で植村に告白しようか悩んでいる。

 そこで、僕にはある提案があった。


 僕は植村に、

「フィギュアプリンターは材料を買い直したら、新たに作り直しができる・・って、聞いたけどな・・今度は寝ずに、ちゃんと思念を送ればいいんじゃないか? 理想の彼女が作れるぜ」と提案した。

 予め知ってるんだけどな。

「井村・・お前・・よくフィギュアプリンターのことを知ってるよな?」

 植村が僕の顔を訝しげに見て言った。


 植村がそう言ったのを見計らって、僕もフィギュアプリンターの所持者だと告白した。「隠してて悪かった。言うタイミングを探してたんだ」

 最初、植村に軽蔑されるのでは? と不安だったが、植村は同じ趣味の人間がもう一人いたことで喜んだ。植村は「今度、そのイズミっていうドールに合わせてくれよ」と言った。

 だが購入日を考えると、植村の方が先輩だ。僕は先日買ったばかり、イズミを作成したばかり。

 僕は、「説明書に書いてあったんだ・・材料を別途購入して、フィギュアプリンターに入れれば、またドールを作れるって」と言った。

 植村は、「そんなこと書いてあったな」と小さく言って、

「でも、井村よ・・」

 と僕の顔を真顔で見た。顔が近い!

 そして、植村は、

「今のドール、俺のお母さんと名乗るドールをどうすりゃいいんだよ?」と言った。

 そんなこと、考えても見なかった・・

「まさか、お母さんを捨てるわけにもいかないだろ?」

 そう植村は言ったが、

「母親を捨てる、っていうか、それ、お母さんじゃないだろ! 『物』だろ・・フィギュアプリンターで作成した『物』だ」

 僕はそう言いながら、イズミの顔を浮かべていた。

 では、僕はイズミを捨てることが出来るのか?


 僕は話を元に戻して、植村に、

「それで、植村はお母さんとなったドールを僕に押しつけようと思ったのか?」と言った。

 植村は、

「そんなつもりはないけど、井村も一人暮らしだからさ、色々、身の周りの世話をしてくれる人が欲しいんじゃないかと思ってさ」と都合よく聞こえる言い訳をした。

 

 それに、僕はもう一人暮らしじゃないような気もする。今はイズミがいる。 

どっちかというと、僕が世話を焼いているほうだが・・


「いや、そのお母さん、植村の面倒を見るという設定だから、僕がもらっても意味がないだろ」

「そうだな・・言われて見ればそりゃそうだ」

植村そう言って笑った。


 僕は「それで、思い出した。ドールを作成した時、初期設定の段階で、関係性を決めてくれって、言われなかったか?」と訊ねた。

 植村は記憶を手繰り寄せるような顔をして、

「ああ・・そう言えば、そんなの言ってたな・・ドールが『では、お母さんということでよろしいですか?』と訊いてきたから、うっかり、『はい』って言っちまったけどな」と言った。

「おい、植村よ・・そこで『彼女』と言うことにしてたら、よかったんじゃないか?」

 僕がいまさら言っても遅い提案をすると、

「言えねえよ・・設定の段階より以前に、俺のお母さんなんて言うんだから、そんな人・・いや、そんなドールに『俺の彼女になってくれ』なんて言えないだろ!」

「それはそうかも」

 僕の提案はあっさり拒否された。

 つまり・・ドールの初期の設定よりも、植村の無意識の思念・・願望の方が勝っているのか?

 

「それにさ、井村も知っていると思うけど、ドールを維持するのに、けっこう金がかかるんだ」

「あの高い錠剤のことか?」

「ああ、定期的に買わないといけないみたいだ・・ということは俺は母親を養うっていうことになるんだよ」

 頭が混乱しそうだが、

「いやいや、植村・・言葉がおかしい・・養うんじゃないぞ。あれは物だから、物の品質を維持する・・そういうことだ」

 僕はそう言いながら、自分の言葉に違和感を感じ始めていた。

 やはり、ドールは「物」ではない・・そんな気がし始めている。

「物」と決めつけてしまったら、イズミの見えそうで見えない自己に対する意識を全否定することになる。

 では、人間とドールの違いは何だ?・・

 人間というものはそんなご大層なものなのか?

 ・・究極的に、そんな問題にぶち当たってしまう。


 そして、もう一つ、植村に訊きたいことがあった。

「植村、おまえの思念をプリンターに送り込む時・・つまり、お前が寝てしまった時に、隣の部屋に誰かいなかったか?」

「そんなのわかるわけないだろ」と植村は言った。

「それもそうだ」と僕は答えた。


 そして、昼休みが終わろうとする直前、植村はこう言った。

「俺も、一応はさ・・こういう言い方はなんだが・・ドールを・・『処分』することを考えたんだ」

「処分?・・つまり、捨てることか?」

 今は、母親ドールを捨てることは考えていない植村だが、当初はそんなことも考えていたのか。


「ああ・・捨てると言っても・・いくらなんでも、荒ゴミというわけにはいかないから」

 僕は植村の言葉を即座に切って「荒ゴミはダメだろ!」と制した。

 植村は「いくら俺がバカでも、それくらいはわかる・・だから、販売元やネットで調べたんだ。作成に失敗したドールや、不要なドールはどうしたらいいか?・・」と言った後、


「ドールの『姥捨てサイト』を見つけたんだ」

 そう植村は言った。

 ドールの姥捨てサイト・・と。

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