第20話 島本由美子の心①

◆島本由美の心


 僕は人との付き合いが嫌いだ。それは今風の感覚なのか、そうではないかはどうでもいい。とにかく昔から、会社での上司とのつき合いも含めて、隣人とのおつき合いもしたくない。

 幼い頃から母に「人との縁は大事にするものよ」と言われ続けていたが、あいにく僕はその哲学を守っていない。


 ところがどうだ。この状況は・・

 人嫌いの僕の狭い部屋に、

 フィギュアプリンターで作られたドール。

 そして二人目。夜の訪問客、隣の住人の島本さんがいる。


 島本さんは、自分のチョイスした服がイズミに合っているか気になってやって来たのだ。

 気になったのは、服がイズミに似合う以前に、サイズの方が気になったらしい。

 座布団の上にちょこんと座っているイズミを見て、

「まあっ、イズミちゃん。着てくれているのね!」

 表情の豊かな島本さんに対して、表情のないイズミ。

 人間ではないイズミと、年上の美人おばさん・・

 いずれにせよ、妙な取り合わせだ。


 ちょっと気になるのは、さっき島本さんがイズミを初めて見た時の驚き表情と呟きだ。

「え・・うそ・・」と確かに島本さんは言った。

 それが感激なのか、信じられない、という意味なのかはわからない。

 けれど・・ま、どちらでもいい。僕には関係ない。


「このフクは・・オバサンがエラんだのですか?」

 おい、イズミ・・女性に「オバサン」は禁句だぞ!

 島本さんは「おばさんねえ・・」と言い澱み、「まあ、いいわ」と呟いた上で、

「そうよ。正確には井村くんとおばさんが選んだの」と答えた。

 イズミは「セイカクには・・おフタリで買いました・・」

 そう復唱した。何か言葉が変だけどな。

「サイズもピッタリね。よかったわ」

 島本さんは嬉しそうだ。

 サイズの確認ができたのなら、もうこの部屋に用はないでしょ・・

 とも思ったが、

 島本さんは「ねえ、井村くん、テレビで見たけど、ドールって、急に増えているみたいね」と言った。

 最近、急激に・・

 それは知らなかった。

 ネットばかり見ていると、ニュースサイトを随時見ない限り、世事に疎くなる場合もある。

 これが、本とかの販売サイトばかり見ていた結果だ。

 が、それはそれでいい。結局のところ、フィギュアプリンターの販売サイトに行き着いたわけだから。物事の流れはそんなものだ。


 しかし、急にドールが増えてきた、っていう話は興味深い。

 気がつくと、僕は島本さんに話しかけていた。「立ったままもなんですから」と言って、島本さんに座布団を差し出し、彼女が座るや否や、

「あの、島本さん、変な話をするようですけど、僕は最近になって、フィギュアプリンターや、それによって作成されたドールを知ったんですけど・・そんなに増えているんですか?」

「私もテレビで見ただけだから詳しくは知らないのだけれど・・らしいわよ・・」

 島本さんはイズミが気になるのか、イズミの方をチラチラと見やりながら答えた。

 その理由がわかった。

 見ているのはイズミの方だった。

 イズミは視線を真っ直ぐに固定させ、島本さんを見ている。

 おそらく、イズミは「島本さんとの関係」を設定したい、そう思っているのだろう。

 気が進まない・・

 いずれ、島本さんと会った時に話を切り出そうと思っていたが・・

 それが今か・・

 僕が決めあぐねていると、

「このオバサンですね」そうイズミの方から話を切り出した。

 何か態度がデカいぞ。それに何度も「オバサン」と・・女性に対する気遣いはイズミの頭の中の一般常識辞典とやらには入っていないのかよ!

 島本さんは何のことかわからない様子だ。偉そうに言われても気にしていないように見える。

 続けてイズミは、

「オバサンがワタシに思念を送り込んできたのですね?」と言った。

 ああ、ついに言っちまったな。もう後戻りはできないな。

 

 島本さんは僕の方に向き直り、

「ねえ、井村くん・・イズミちゃんは何を言っているの?」

 僕は観念して、

「あのですね・・つまりですね・・僕とイズミは友達同士なんです」と説明を始めた。

 これ、更に誤解を招く言い方だな・・

 島本さんは「井村くんとイズミちゃんは、どちらかというと親子とか兄弟じゃない?」と微笑んだ。

「そうですね・・」

 いや、そんな話じゃなくて、

「つまり・・ドールというものは持ち主、所有者と『関係』を設定しないといけないのです・・親子や兄妹は・・その・・何か・・血縁関係はおかしいんじゃないかと僕は思って・・面倒臭いですけど」

 どう説明していいのかわからない。

「それで、井村くんはイズミちゃんとお友達になったわけね・・わかったわ」

 いや、だから・・

「イズミが、オバサン・・じゃなくて・・島本さんとも関係を持ちたい、と言ってるんですよ」

 ダイレクトに僕は言った。

 島本さんは「どういうこと?」と訊いた。

 

 ああっ、面倒臭い!

 僕はイズミに、

「イズミっ、ちゃんとお前から島本さんに説明してやってくれ!」と言った。


 すると、イズミは僕の命令に素直に応えて、

「オバサンは、シマモトさんと言われるのですね?」と言った。

 そこまでは良かったのだが、

「では、シマモトさんの下の名前は?」と機械的に、かつ、偉そうに訊いた。

 たまらず僕は「イズミ、人に名前を訊ねる時は、まず自分の名前を言って、ちゃんと『お』を付けるんだ!」と戒めた。

 すると、イズミは、

「ゴメンナサイ、オバサン・・私の『お名前』は、イズミです。島本おばさんの『お下』の名前はナンデスカ?」

と無表情で淡々と出鱈目な言葉を並べたてた。

 ああっ、もうどうでもよくなってきた。イズミの頭の常識辞典は信用できない。


 島本さんはそんなイズミの態度にもめげず、

「おばさんの下の名前は由美よ」と優しく答えた。


 するとイズミは「ハヤク、私と島本由美おばさんの関係を設定してください」と急かすように言った。

 島本さんは「でも、どうして?・・イズミちゃんは井村くんのものなんでしょう?」と言った。

 ま、島本さんの疑問は当然だな。

 そもそも、イズミが島本さんと関係を持ちたいなどと言いださなかったら、この状況は生まれなかった。

 島本さんはイズミの服のサイズを確認した後、島本さんはとっくに自分の部屋に帰っていたことだろう。

 そう思う気持ちとは正反対に僕は、

「イズミは・・僕と、島本さんの・・二人の物なんです」と言った。

 島本さんは更に理解できないらしく「二人のもの?」と小さく復唱して、

「井村くん・・私、よくわからないわ」と言った。

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