第19話 ワタシはどこから来たのか?

◆ワタシはどこから来たのか?


 夕食替わりの弁当をコンビニで買い、部屋に戻ると、

 イズミは僕の言いつけ通りペタン座りをして僕を待っていた。

 出かけた時のままこちらを向いている。出かけとちょっと違うのは、どっから引っ張り出してきたのか、下に座布団を敷いている。畳に直接だと座り心地が悪いのだろうか?


 今日あった出来事・・

 山田課長の秘書ドール・・A型の国産ドール。

 どこからか逃げ出していたようなOLドール・・それはB型国産ドールと呼ばれていた。


 そして、僕の前にそのどちらでもない、安価、20万円で買ったフィギュアプリンターで作成したドールがいる。

 なぜか、胸の中が熱くなるような気がしたのは、この部屋が暖かいせいだろうか?

 暖かい?

 なぜ?

 そっか、ドールにも体温、おそらく稼働しているだけで、温度のようなものが発生しているのだろう。車でいうエンジンみたいなものなのか? 車はガソリンで動く・・ドールは水とあの錠剤だけで動くのか。最初は高くつくと思ったが、ある意味、高性能すぎる。あの山田課長の秘書ドール・・国産型は何をエネルギーにしているのだろうか?

 いずれにせよ、

 部屋は一人でいるよりも二人いる方が暖かい。そういうことだ。 


「ずっと、そのままだったのか?」そのままの姿勢・・

 フィギュアドールだから当たり前と言われれば、そうなのだが、

「お電話はとりました」とドールは相変わらずの無表情な顔で言った。

 それ以外は動いていないということか。

 ドールはタブレットと水分の栄養補給以外に動く必要はない。説明書によると排泄もないようだ。

 フィギュア、人形・・栄養を摂る動作以外には動かない。

 僕はそんな物を買ったのだ。

 だが、目の前のドールの無垢な顔を見ていると、当初の気持ちなどどうでもよくなってくる。一人住まいの部屋に僕を待つ人ができた。いや、待っている物か。

「物」が「人」に変換することなどこの世にない。それは世の決まり事だ。


 ドールについてもっと知りたい・・

 僕はテーブルのノートパソコンを開いた。

 再度、フィギュアプリンターを購入した販売サイトを見る。


 国産型フィギュアドールのサイトは細かい。派手な画像と多種の文字で溢れ返っている。しかも広告だらけのリンクだらけだ。

 それに比べて僕がフィギュアプリンターを購入したサイトは構成がざっくりしていて、簡潔明瞭型だ。POP広告もほとんどない。いや、全くない。


 それを確認した後、検索サイトで、

「国産ドールと安価ドールの違い」と打ってみた。

 ズラリと項目が並ぶ。

 まず、質問箱のサイトを見る・・誰かの質問があり、その答えがある。


「フィギュアプリンターの購入を検討している者です。国産と外国産のドール、どちらがいいのですか? 教えてください。」

 という質問に対して、ある人は「高い方がいいに決まってるだろ!」と乱暴に答えている。

 それは答えにならない。書いた本人が気づいているのか、いないのか。

 とにかく役に立たない回答だ。


 他の答えの一つは、

「その違いは、業務用のマネキン人形と、子供の愛玩用の人形の違いみたいなものですかね。つまり、国産型のドールは業務用で、安価ドールは愛玩用・・正直、僕もよくわかりません。どちらも最近、世に出だしたばかりですからね」


 フィギュアプリンターが現れたのは最近だということがわかった。

 しかも国産プリンターも安価プリンターのどちらもだ。どっちが先なんだ?

 僕には知らないことが多すぎる。


 また別の答は、

「安価メーカーは、全てが謎だらけ、A社がつぶれて無くなったと思えば、すぐにB社が現れる。でもどう見ても、B社は前のA社と同じ・・・そんな会社が20社はある。現れては消え、すぐに又現れる。

 それに比べて国産のフィギュアプリンターは大手企業のプロジェクト会社が運営している。信頼もできるし、クレーム対応もしっかりしている」


「国産は結構売れてるよ! 国産のドールはマニアがけっこういるしね。ほとんどがエロい目的だけどね(笑)

 安いフィギュアプリンターは作りがいい加減。女の子とどうこうしたいって人には不向きかもね。僕には無理!(笑)」


 なるほど・・少なくともイズミにはそんな機能はない。

 その一方で、掲示板には、こんなやり取りも・・

「一度、安値のフィギュアプリンターの良さが分かったら、国産なんて買ってられないよ~ほんとに・・」


「・・コクサンなんて、カッテられないヨ・・」

 突然、パソコンの文字が女の子の実音声で読み上げられた。

 文字ばかりの世界に、現実の声が割り込んできたのだ。

「わっ、びっくりした」

 いつのまにか、イズミが僕の真横にいた。パソコンの画面を覗き込んでいたのだ。人間の少女なら息が降りかかるくらいの距離だ。実際にドールの髪がふわりと僕の頬に触れた。

「パソコンを見たいのなら、そう言ってくれ」

 音もなしに忍び寄ったな。「別に隠れて見ているわけじゃないんだから」


「ワタシも見たいです」

「興味があるのか?」

 僕の問いかけにイズミは「コクリ」と頷いた。それは自分の意思表示なのか。

 ただの玩具が、自己とは何か? そう自分を見つめ始めることの。


「かまわないよ。一緒に見ていてもいいよ・・」

 僕がそう言うと、ドールはすりすりと更に寄ってきた。肩が僕の腕に触れる。

 引き続き、僕は・・いや、僕とイズミは掲示板を読み始めた。


「そうそう。国産なんて買う奴の気が知れないよ」

「僕なんて、ドールと会話するだけだから、国産みたいなよけいな機能はいらないよ」

「それに国産は高いだけ。どんだけ、信頼度の付加価値を付けてるんだよ!」


「A型より安いB型なんて、寿命が格段に短いから、あとが大変だよ。逆に金がかかる」

「何、それ? 寿命って? 僕のは国産じゃないから意味が分からない。教えてくれ。よろしく!」

 その回答がある。

「たしか、価格は、A型のグレードの高いやつは、アップグレードがあるんだけど、B型はアップグレードなしの使い捨てだから、寿命を設定してるんだよ。一部の話では、会社側が儲けるためにそうしてるらしいよ」

「了解ですっ! 感謝ですっ!」


 要はA型でも、B型でも会社は儲かる仕組みらしい。

 A型は、元々高額だし、アップグレードも費用がかかるようだ。B型は安いが、リピーターは再度購入する。改良されたB型を・・どっちが得なのか?

 

 それにしても、そうまでして購入する国産派と、国産派をバカにする安価ドール派・・

 両者とも理解できない。

 そもそも、皆の目的は何だ?

 癒しか? 欲望目的か? 寂しさを紛らわすための道具なのか? 山田課長のように仕事に従事させる人も多い事だろう。

 少なくとも、国産派の多くは欲望を満たすために高い金を払い、安価派は種々の目的があるように見受ける。


 そんな掲示板に寄せられる多くの声を読んでいて、僕はこう思った。

 ・・みんな、本当の気持ちを言わない。


 すると、突然、

「ミノルさん・・ワタシはどこから生まれたのですか?」

 僕の耳元でイズミが疑問を呈した。

「フィギュアプリンターだよ・・僕がネットで買ったプリンターだ」

 そうとしか答えようがない。

「ミノルさんがねっとで買った・・プリンター・・」

 

 イズミはしばらく思考を巡らせた後、

「それでは、ミノルさんは、ワタシの『オヤ』みたいなものですね」と言った。

 親?・・僕がイズミの?

「まあ、そういうことだ」一応そういうことにしておこう。それでイズミが納得するのなら。

 そう答えたのが少し不味かったのか、イズミは「親・・友達・・」とぶつぶつ繰り返した。おそらく友達と設定したのはいいが、僕が「親みたいなもの」と言ったので混乱しているのだろう。

 AIドールであるイズミは、疑問を持つ。「生」の疑問を持つ。

・・ワタシはどこから来たのか?


 今日見た、あのB型ドールは、男たちに物のようにその体を無残におられたドールは、イズミと同じように、ワタシはどこから来たのか? と考えたのだろうか?

 そして、もっと生きたかったのだろうか?


 夕飯のコンビニ弁当を食べていると、黙ってそれを見ていたイズミが、

「そのタベモノは、オイシイのですか?」と訊いた。

 僕が「まあまあだ」と答えると、

 イズミは相変わらずの無表情のまま、

「マアマアだ」と小さく復唱した。

 この弁当、本当は美味しくないけどな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る