第21話 島本由美子の心②

「オバサンは・・泣いていました」とイズミは言った。

 昨日言ったのと同じイズミの言葉に、島本さんは、

「え・・」

 どうして私が部屋で一人で泣いていたことを知っているの? 島本さんの顔はそんな風に見えた。

「オバサンの思念は大きかったのです」イズミは続けてそう言った。

 思念が大きい・・と。


 やはり、イズミの言っていたことは、本当で、

 フィギュアプリンターがイズミを作成する際に、島本さんの思念・・隣の部屋で一人泣いている時の思念をイズミの中に取り込んだというのは本当のことだったのか。


 そうであるのならば、僕は・・

「あの、島本さん・・申しわけないのですが、イズミの言う通り、二人の関係を設定してくれませんか?・・お隣さんと言うだけで、こんなお願いは変だと思われるかもしれませんが、これはイズミではなく、僕からのお願いです・・形だけでもいいんです」

 

 僕はそうお願いして「決してご迷惑はおかけしませんので」と年上の女性にきっちりと言った。

 そんな僕の言葉を受けて、島本さんはしばらく考えていた。

 そして、狭く小さな部屋に静かな時間が生まれた。

 僕もイズミも声を出さない。

 島本さんの次の言葉を待っている。

 無理だろう。島本さんはお隣さんとはいえ、所詮は赤の他人だ。イズミの服を選ぶのにつき合わせてしまったが、これ以上深入りはよくない。それに僕の孤独主義にも反する。


 けれど、島本さんは答えた。

「そ、そうね・・井村くんと同じ、『お友達』ということでいいかしら?」

 まあ、それでもいい・・無難な関係だ。

 ・・と、僕は思ったのだが、

 イズミの方を見ると、どうもイズミは納得していないように見える。

 イズミの顔が固まっているのだ。元々、表情のない顔だが、今はフリーズしたように固まっている。

 何か、思考しているのか?

 しばらくして一瞬、頬がぴくぴくっと痙攣したかのように見えた。

 そしてイズミは、

「チガイますね」と断定的に言った。

 僕は「何が違うんだ? 別に友達ということでいいじゃないか」と強く制した。

 それにエラそうだぞ!


「この島本おばさんは、トモダチよりツヨイ、もっと強いおカンケイを望まれているはずです」

 言葉づかいがひどい!

 それに何だよ。オカンケイ?・・友達より強い関係だと?

 それを島本さんが望んでいる?

 それより・・もうこの話をこれ以上こじらせないで欲しい。

 島本さんとイズミは友達ということにして、もう島本さんには帰って頂く、それが僕の予定だったのに・・

 そのはずだったのに。

 島本さんは、

「参ったわね」と言った。「これがAIっていうものなのね・・すごいわ」

 僕は島本さんに「どういうことですか?」と訊ねた。


 島本さんは小さく「見抜かれているのね」と答えた。

 心が、見抜かれている。

 頭の中を見ぬかれている・・ということか?

 

 そんな島本さんの小さな声にイズミは即反応した。

「チガイマス・・」

 イズミはそう強く言った。

「ワタシにはそんなノウリョクはアリマセン」と言い切った。

 ドールには人の心を読み取る能力はない。

 あるのは・・

 イズミの中にあるのは、心に残っているのは、

 フィギュアプリンターで作成した際の僕の心・・

 そして、島本さんの心だ。


「少し、考えさせて」

 しばらく考えた後、島本さんはそう言った。

言った後、「じゃ、井村くん、私、そろそろ失礼するわね」とお暇を告げて立ち上がった。

 そのままドアに向かうのかと思ったが、イズミの方に歩み寄って、

「イズミちゃん。ちょっとじっとしていてね」

 島本さんは胸ポケットから何やら取り出した。「初めてイズミちゃんを見た時に、髪が気になってたの」

 それは髪留めだった。子猫の柄のはいったバレッタだ。

 イズミは島本さんが丁寧に髪を梳き、そして髪を結うのに体をまかせている。イズミは無表情だが、気持ちよさそうに見えた。

 最後にバレッタを付けると「これでよし」と言った。


 僕は整ったイズミの髪をしばらく見て、島本さんに目を移した。島本さんの笑顔を見てまたイズミに視線を戻した。

 え?・・

 違和感・・

 僕は島本さんの顔を再び・・見た。

 島本さんの笑顔の頬には涙が伝わっていた。人が涙を流すのを見るのは、久しぶりで・・その状況がうまく掴めなかった。

 けれど、現に島本さんは泣いている。

微笑みを浮かべながら泣いている・・なぜ?

 島本さんの目はイズミに注がれている。

 そして、更に大筋の涙が島本さんの頬の上を流れるのを見た次の瞬間、

 信じられないことに島本さんはその場に、わっと泣き崩れたのだ。


 何だよ・・これ・・


 時間にして、一、二分の事だったと思う。泣き崩れると言っても、そこは大人だ。すぐに元の姿勢に戻り「ごめんなさい」と言った。

 人は理由もなく泣くことがある・・ 僕はそう思うことにした。だって、そう思わないと説明がつかないからだ。


「ミノルさん・・ワタシが言ったとおりです」

 イズミは淡々とそう言った。

 確かにイズミは「オバサンは泣いていました」と言っていた。だが、それは隣の部屋の中でのことで・・

 だが・・もしかして・・島本さんの心は常に泣いているのではないだろうか。  ふと僕はそう思った。

 信じられないことだが、AIドールであるイズミの言葉を信用してみたい、そう思った。


 イズミは頭に付いたバレッタに触れ、

「島本のおばさん・・これは、ヤスモノですか?」と訊ねた。

 おいっ! 

 無表情で言われるときついに違いない。

 イズミを信用してみたい・・さっきの感傷を返せよ!


 僕は即座に島本さんに謝った。

「すみません・・イズミは、その『安物』と言う言葉が好きで、この前、お店で島本さんと買った服のことも安物、安物と言って・・」と逆に失礼に当たりそうな言い訳をした。


 僕の変な言い訳に島本さんは吹き出したように笑った。

 そして、「可笑しいわ・・」と言った。

 その笑顔は、まるで久々に笑った人のそれに見えた。

 島本さんはハンカチを取り出し、頬の涙を拭った。

 それがさっきの涙なのか、可笑しくて涙が出て、拭いているのか、僕にはわからない。


 そんな島本さんを見てもイズミは無表情のままだったが、

 島本さんが帰った後、

 イズミは鏡の前で、自分の頭・・いや、髪留めの付いた頭を眺めている。

 顔を横に向けたりして、何度も確認していた。

 その感情が幼い女の子的なものなのか、機械的な好奇心からそうしているのかは僕には分からない。

 AIドールの心は僕には理解できない。


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