第15話 ソトの世界が見たい

◆ソトの世界が見たい


 次の日、早い時間に目が覚めた。今日は平日だ。出勤しなくてはいけない。

 朝食を済ませると、僕は買ってきた服を出した。

 着替えは自分でできるみたいで、手足がちゃんと器用に動いた。

 ドールは見られても平気みたいで、堂々と目の前で着替え始めた。

 お着替え・・これって、見ていていいのか? いいんだよな。僕の持ち物だし・・

 と思いながらも、罪悪感がある。


 予想通り、最初に穿いていた下着は無残な代物だった。安物以下だ。

 これが僕と島本さんの思念で形成された下着なのだと思うと、何だか不思議な気持ちになる。

 新しい下着が着心地がいいのか、「ごわごわしないです」と言った。

 下着が思念で形作られるされるくらいだ。その性格も伝達されたのだろうか?

 そして、この幼児体型・・僕と島本さんのどっちの思念だよ!


 ドールは紫の安物ワンピースから・・安物は安物だが、それよりはずっとこマシな服に変わった。薄いピンクのブラウスにベージュのフレアスカート。

 デザイン的には15歳から17歳位のもの・・じゃないかな。島本さんコーディネートだ。

「これもゴワゴワしないです」と無表情な顔で言った。

よっぽど前のはひどかったんだな。

 ついでにソックスも穿かせると「コレが・・本当のソックスなのですね」と言った。

 前のは何だったんだ。僕は前のキツキツぎちぎちの靴下を見ながら思った。


 何か、上に羽織るものがいるんじゃないかと思い、

「寒くはないのか?」と僕が訊ねると、

「ワカリマセン」とドールは即答した。

 温度は感じないのか?


 僕が島本さんが選んだ帽子を差し出すと、

 つば広タイプの淡い色の帽子だ。

「コレはナンデスカ?」と訊いた。

「帽子だよ」

「ボウシ?」

 ドールはしばらく思考を探った後、

「でも、これはお外に出かける時に使用するものだとされています」と言った。

 頭の中に辞典とかあるのか? 便利だな。僕も欲しい。

「普通は、そうだ」

「フツウハソウダ?・・」ドールはおうむ返しをした。

「けれど、部屋で被って、鏡とか見てみるのも悪くはないだろう」

 何でそんなことを言っているのか、自分でもわからない。

 けれど、少女・・いや、ドールが帽子をかぶり、喜ぶ姿が見たくなった・・それだけのことだ。何てことはない。


 ドールは帽子を受け取ると、頭にのせた。

「これでいいのですか?」

 僕は「もっと深く・・こうだな」僕はドールの小さな頭にフィットするように帽子をかぶせ、少し傾けてみた。

「鏡を見てみろ」僕は壁の姿見用の鏡を指して言った。


 ドールは自分の姿を鏡に映した。

「これが・・ワタシなのですか?」

 ドールは鏡を見るなり、僕の方に向き直って訊ねた。

 瞳が大きくなっている。初めて自分の姿を確認した目だ。

「ああ、まぎれもなく、そのワタシだ、・・鏡に映っているのが、イズミだよ」

 ドールが誕生して、まだ24時間も経過していない。

 自分の姿を鏡の中に見たのが嬉しいのか、それともただの驚きなのか、無表情のため、わからない。

 どうにか表情をつけさせることはできないものか?


「けっこう似合ってるぞ!」

「ニアウ?」

 また思考を巡らせ始め、「ソウデスカ」と言った。だが、無表情のままだ。


 だが、今はそんなことより・・

「あのさ、イズミ・・僕は今から会社に行かないといけないんだ」

「カイシャ?」そう言ってドールはまた思考を巡らせた。

 そして、

「ミノルさんはサラリーを受け取るヒトなのですね?」と言った。

「ああ・・何か、変だが、一応合っている。そういうことだ」


 僕はドールに夕方まで動かないでいることができるかを確認した。

「ダイジョウブです・・ワタシ、動きません。ここに座っています」

「パソコンもいじっちゃダメだぞ!」

「イジリマセン」

「絶対にだぞ!」

「ゼッタイです!」ドールは強く答える。

 大丈夫だろうな?

「呼び鈴が鳴っても出ちゃダメだぞ!」

「ヨビリン?・・」と言って、また頭を傾け思考を巡らせた。

 そして、「知らないヒトのお誘いはお断りします」と言った。

 少し違うような気がするが、まあいい。そういうことだ。

 

 仮に自分に娘がいたとしたら、こんな感じなのだろうか?

 僕はスーツに着替え、ネクタイを締めた。

 そんな様子をドールはじっと見ている。当然、無表情で観察している。

 革靴を履き、玄関に立つと、

「イッテラッシャイマセ・・ミノルさん」

 とドールは言って、腰を折った。「こうするのですね?」

 ずいぶん、手慣れた様子だな。一般常識辞典でも頭に入っているのか?

 いずれにせよ、ある意味、高性能だ。とても安物とは思えない。


「ミノルさんとの関係性は『オトモダチ』と設定しましたが、少しオカシイ気がします」

「おかしいか? 恋人や、親子でもないからな」

「お友達なら、一緒に出かけるのではないでしょうか?」

「いや、無理だ・・友達でもそれは無理だよ」

 僕がそう言うと「そうですか」とうなだれたように見えた。

 そして・・

「ワタシ・・ソトの世界をミテみたいです」

 ドールは遠くを見るような目でそう言った。


 外を見てみたい・・外に出たい。

 外の世界・・それは絶対に無理だ。

 そう思いながら、僕は「絶対」ではないのでは?

 そんな気もし始めていた。

 いつかきっと、ドールは外の世界を見る・・

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