第16話 国産A型フィギュアドール

◆国産A型フィギュアドール


「あ、これね。フィギュアドールだよ。国産型のね」

 僕があっけにとられていると、山田課長はそう言った。


 商談相手の山田課長はわざわざ「国産型の~」と付け、自慢げに言った。

 ここは初めて訪れる会社の応接室だ。

応接セットのソファーの向かいにその二人はいる。

 一人は山田課長、年は僕より10位上の40歳。このご時世に煙草を吸いまくっている。あまり品はよろしくない。

 そして、もう一人・・一人と言っていいのかどうかは疑問だが、

 人の形容をしているその女性。


 そう・・山田課長の横には、人間の女性と見まがう程のドールがお上品に腰かけている。年齢の設定は25歳前後というところだろうか?

 黒のスカートスーツに身を固めているので、遠目に見れば秘書と言われれば、そうも見える。実際に秘書だそうだ。


 僕が女性をドールであると認識したのは、イズミがいるからだった。

 その肌艶が少し似通っている。

似ているが違う。この女性の肌は完全なシリコンだ。以前、テレビでAIドールを見たことがあるから覚えている。

 だったら、イズミの肌は、その体は何で出来ているんだ? シリコン以外の物? あのプリンターの中にあった材料は・・

 

 それより、ドールは外への持ち出し禁止ではないのか?

 それとも、会社の中でならかまわないのか? 会社に置きっぱなしってことはないだろう。じゃ、ドールは山田課長と通勤しているのか? ありえない。

 知りたい・・


「初めまして、イムラさん」

 綺麗な声だった。

 ドールはきっちりと流暢に挨拶をし、更にお愛想のような微笑を浮かべた。

 微笑みを浮かべた後、すぐに澄ました表情に戻った。お行儀よく両手を足の上で揃えている。

 身のこなしも人間の女性と大差ない。おそらくその辺のOLより礼儀正しいかもしれない。

 タイトスカートから剥き出た両膝頭がピッタリと合わさっている。

「イムラさん、本日ワタシはご商談に同席させて頂きます」

 均整のとれた顔立ち、

 それに、人間以上に体の線が綺麗だ。その国産型ドールの衣服が煙草の煙にくるまれ、ニコチンの匂いが付くことを想像すると、ドールが気の毒に思えてくる。


「どうだね、井村くん、いいだろ?」

 山田課長は足を組み直し、新しい煙草に火を点け言った。

 このドールは、何のためにここにいるのだろう?

 僕の疑問はすぐに解消された。

「こいつはね」と山田課長は真横のドールを顎で指し、

「商談時の録音や、雑多な書類の抽出もやってくれるんだよ。当然、個人管理もやってくれるし、スケジュール帳を持たなくていい。色んなタブレットを持つ必要もないし、メモにもなる。仕事のデータも学習させてあるから、商談のアドバイスもできるんだ」

「タブレットとかいらないんですか?」

「そうだよ。質問すれば、すぐに返ってくる。百科事典みたいにね」

 それ、ただのAIじゃないのか。天気予報やお店紹介をするみたいな。


「優秀な秘書みたいなものですか?」

「秘書?・・まあ、そういうところだな・・人間じゃないがな」

 ずいぶんと冷たい言い方だな。

 ドールはそんな山田課長を気にも留めないのか、無表情を固めている。微笑みは話す時だけのようだ。


「な、名前とか付けてるんですか?」僕は興味を持ったような感じを出して訊ねた。

「はあっ、名前だと?」

 山田課長は素っ頓狂は声を上げ、大きな声で笑った。

「井村くんは、大根に名前を付けたりするのかね?」

 山田課長の冗談とも本気ともつかない言葉に僕は苦笑を浮かべていると、

「一応、こいつは、ドールの一号・・つまり記号だよ。記号は名前とは言わない」

 そう山田課長は断言するように言った。

 一号? それじゃ、二号とかいるのか? 愛人みたいだな。

 そう言えば、フィギュアプリンターは材料を仕込めば、何台・・いや、何人でも作成可能らしい。


「君は少しは知っているかね? フィギュアプリンターのことを」

 知っているも何も、僕は持っている。

 安物だけど。

 僕は「聞いたことがあるくらいで」と答えをはぐらかした。

 山田課長は「僕は仕事柄、こういう新しいものはどんどんとり入れているんだ。話題性があった方が商談もまとまりやすいんだよね。色気もあるしね」と変な笑い顔を浮かべた。

「そうですね」僕は持っていることは言わないでおいた。また安物とか言われてこちらの信用がなくなったりしたら大変だ。

「まだ、ドールはそんなに出回ってもいないから、話題にこと欠かない」

 自慢しまくりだな。


 僕は「AIドールって、そんなにすごいんですか?」と訊ねると、

「すごい? AIドールがすごいというよりも、プリンターがすごいよ。こちらがインプットした通りのものが出来るんだからね」

 確かに山田課長は言った・・

「インプット」・・と。

 一体どういうことだ? 

 僕の安物プリンターは思念の伝達で作成された。

 インプットする装置なんてなかったぞ。それとも山田課長は「思念をインプット」と抽象的に言ったつもりだったのだろうか?

 知りたい・・もうこうなったら、仕事の話はそっちのけだ。


「あの、山田課長」

「何かね?」

 僕は質問を切り出した。

「インプットって・・パソコンとかで入力するんですか?」

 僕の問いに山田課長は不可思議な顔を浮かべ、

「そうでなかったら、どうやって情報を入力するんだね?」と小馬鹿にしたように言った。

 思念の伝達ではないのか?

 パソコンを使ったデータ入力?

 そして、僕の購入したのはヘッドホンを使用する思念の伝達。

 前者は高価だ。

 そして、僕の購入したフィギュアプリンターは安物だ。

 わからない。

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