第14話 ワタシは知りたい

◆ワタシは知りたい


 パソコンが起動すると、販売サイトのマリーさんにメールを勢いよく打った。

「こんにちは、井村です・・フィギュアプリンターで作ったドールが、隣のおばさんと関係を持て、と言っています・・これではちゃんとした商品とは言い難いと思います。返事をよろしく」

 乱暴な文章で僕は書いた。まだ返品するとは書いていない。相手の返事次第だ。


 しばらくして返事が返ってきた。返信の早さは一級品だな。


「井村様、おっしゃっている意味が分かりかねます・・詳しく教えてください。いつも楽しんで、いつでもご連絡ください・・マリーより」

 頭がおかしくなりそうだ。 よくこんなメールで商売をやってるな。

 ・・・それとも、僕の書き方が悪かったのか?


 再度メールを書き直してマリーさんに送信する前に、僕と同じ目に合っている人がいないか、調べてみることにした。

 僕は検索サイトに「フィギュアプリンター 関係」と打った。


 すると、質問箱のようなサイトではなく、ドールのサイトが出てきた。

「ドールとの甘い関係」個人のサイト・・ドールと過ごす日々をダイアリー形式で綴っている。ドールは外に持ち出せないので、バックに色んな風景写真を合成して入れている。

 少し、気持ち悪いサイトだ。気持ちはわからなくもないが。


「フィギュアコレクションブログ~僕がフィギュアプリンターで作ったもの」これも個人のサイト。

 ん? フィギュアプリンターで作れるのは一体だけではないのか? このサイトを見ると、何体ものドール・・それに一般的なフィギュアが映っている。

 よく読んでみると、やはり、フィギュアプリンターで作れるのは一体だけのようだ。

 最初にプリンターと梱包されていた材料めいたものはセットだったようだ。


 もう一体追加で作成する場合は、また材料を購入しなければならないようだ。どうせお高いことだろう。別にせこくてそう思うわけではない。無駄なものはいらない。こんなドールが二体以上いたりしたら、大変だ。


 ドール専用の掲示板もある。

 僕のようなケースがないか? 雑多な文字を抽出していく。


 あった!・・僕の場合と似たようなのがあったぞ。

 その人はこう書いてある。

「僕は思念を送る際、疲れていたので眠っちゃいました。目を覚ますと、隣の部屋で野球を見ていた親父の思念でドールが形成されてしまいました(笑)

 おかげで、野球の大好きドールが出来、ドールは親父の娘になってしまいました。親父はいい話し相手が出来て喜んでますよ(笑)」


 これだ。

 このドールは購入者の父親とドールが関係性を持った・・そういうことか。

 あの説明書には思念を伝達するヘッドホンは装着してもしなくてもいいような、いい加減なことが書いてあった。

 いい加減だが、高性能な装置・・隣の部屋にいる人の思念が伝わってしまう。

 確かに説明書には近くの人の思念を伝えることがあるので注意! と書いてあった。

 しかし、隣の部屋って・・そんなの誰がどこにいるか、わからないじゃないか!

 それにしてもだ。

 あながち、ドールが悪いとも言えなくなってきたな。

 僕が隣に誰もいないのを確かめて思念を伝達するべきたった・・

 ・・って、そんな面倒な思念読み取り装置があるかよっ!


 いずれにせよ、マリーさんにメールするのは又今度だ。


 僕は独りごちていると、

「あのおばさんは、泣いていました」とドールが言った。

 島本さんが泣いていた? というよりもそんなことまでわかるのか?

 そして、思念を記憶しているのか。

「何で島本さんは泣いていたんだ? その理由は?」

 理由が分かればたいしたものだ。返品は考えることにしよう。

「私にはワカリマセン」と小さく答えた。

 そうか・・やっぱり、返品確定だな。


「私は、シリタイです・・」

 知りたい? 島本さんが泣いていた理由をか? 好奇心旺盛なのはいいが、僕は別に知りたくない。

 それに、ドールと島本さんが関係性を設定するのもイヤだ。

 ドールは僕が買ったもので、島本さんが買ったものではない!

 

 そう考えている僕の顔をドールはじっと見つめている。僕の顔に穴が開きそうなくらいに。

 そんなところがドールの言う「せこい」なんだな。


 おまえの言いたいことはわかるよ。

 知りたいんだよな? 実のところ、僕も少しは興味はある。

 それに、あの人にはドールの服を買うのを手伝ってもらったりして、世話になったしな。


「わかった。あのおばさんと、お前が関係性を結ぶことに反対はしない。しかし、時間をくれ。いきなり、あのおばさん・・島本さんにいきなり、そんな話をするのは気がひけるんだ」


 そう言った僕の言葉を頭に仕舞い込んだようだ。しばらくして、

「ワカリマシタ。時間を少し差し上げます」とドールは言った。

 なんか、腹の立つ言い方だな。

 だが、僕はもう決めた。今度島本さんに会ったら、聞いてみよう。

 

 そう決めたら。疲れがドッと出てきた。もう寝よう・・明日は会社だ。

 今日は色んなことがあった。

 とても孤独好きな人間の一日とは思えない。


「もう寝るけど、いいか?」

 何で眠るのに、フィギュアドールの了承を得なければならないのか、わからないが、僕はそう言った。

 ドールは僕の目を真っ直ぐ見ている。

 その瞳孔の向こうには何があるのだろう・・

 すると、突然、

「ミノルさん、どうしてワタシの名前を・・私を『イズミ』と呼ばないのですか?」

 そんな質問をドールは投げかけてきた。

「な、何となくだよ・・言いそびれてるんだ」

 言いにくいんだ。その名前、自分で付けといて何だがな。


 僕はパジャマに着替え、狭い部屋に布団を敷いた。

「お前は・・イズミは、もう寝たからいいんだろう?」

 念のために訊いた。自分だけ寝るのもおかしい気がした。それに照明のこともある。真っ暗にして、闇の中でドールがペタン座りのままも変だ。


「はい、ワタシはこのままで」

 そうか・・その姿勢のままなんだな・・フィギュアだから疲れない。当然と言えば当然。おそらく目も瞑らないのだろう。

 だが・・一緒に横になって眠るのも悪くない・・ふとそう思った。ドール用の布団・・買った方がいいのかな?


 灯りを消すと、何も見えない。

 ドールの目が光って、怖くて寝れない・・とか、勝手に想像していたんだが。


 うとうと・・深い眠りの中に沈み込む・・

 と、眠りにつく瞬間、

「ミノルさん」と僕を呼ぶ声がした。

 ああっ、びっくりしたっ!

「何だよ?」

 僕は上体を起こしてドールを見た。真っ暗でどこにいるのか分からない。

「眠ると、ヒトはどうなるのですか?」声だけが聞こえる。

「どうなるって・・人は寝ないといけないんだよ」と適当に答えた。

「ヒトは不便ですね」

「ドールの方が不便じゃないか!」いちいちボタンを押さないと目覚めないし。

「そうですか。私は不便なのですね」

「そうみたいだな」 

 そんなことより・・

 寝れないじゃないかっ!

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