第13話 もう一人います

◆もう一人います


 そんなことを考えていると、ドールが僕が買ってきた衣料品店の袋を小さな手で指した。

「ナンデスカ・・それは?」とドールが訊ねた。

「これは・・お前に着せようと思ってな・・」

「それはヤスモノはないのですか?」

「失礼だな・・」と僕は言った。「ま、そんなに高くもないけど」


 ドールとそんなやり取りをしながら僕には一つ気になることがあった。

「おまえの、着ているその服・・ドールになる前から着せてあったのか?」

 僕はあの大きな箱の中身を・・ドールが誕生する前に見ていない。

 よくわからない得体の知れない物質に最初から服が着せてあるのもおかしい。

「この服・・ヤスモノの服のことですか?」ドールは首から下を眺めながら言った。

「ああ、そうだ」安物はよけいだがな。


「コレハ・・・ミノルさんの思念で形成されたイフクです」

 そうドールは答えた。

「僕の思念で作られた衣服?」

「ソウデス・・ミノルさんが、このような服を着ている女の子を願ったのです」

 僕が願っただと?

 ええっ!

「ミノルさんが、ヤスモノ好きだから・・ワタシは、こうなりました」

ドールは、自分の姿が、さも残念であるかのように言った。

 

 僕のせいで、こうなりました、って・・

 おい、さっきまでの僕の優しい感情を返せよ・・ヤスモノと連発するドールにちょっと同情してたじゃないか。


「けれど・・僕はそんなに安物好きじゃないぞ」

 確かに、安月給のせいか、買う物は安いものが多い。だからといって、ドール作成に安物の服を願うわけがない。僕の潜在意識か? そんなものあるのか? 無意識に安い物を願っているとか・・


 僕が一人考えていると、ドールが「ミノルさんは、ヤスモノ好きではないのですね」と言って、何やら一人で考え始めたようだ。

「少々、時間をください」

 考えているのか、惚けているのかわからないが、

 ドールは僕の顔をじっと見たまま、その瞳孔の動きが止まった。当然、体も動かない。ペタン座りのままだ。

 何か、奥底に仕舞い込んだデータでも探しているのか、それともただの沈思黙考なのか?

 いったいこのAIの中にはどんなものが詰め込まれているのだろう?

 それは、人間以上なのだろうか?


 2分ほど、時間が過ぎると、

「オマタセしました」とドールは快活な声を出した。

 瞳がくりくりと動き始めた。

「そんなに待っていない・・・カップ麺以下だ」

 僕がそう言うと、ドールはしばらく間を置いて「インスタントのラーメンのことですね」と言った。

 AI、すげえな。

「それで、何か分かったのか?」と僕は訊いた。

 ドールは、

「安物好きが、ミノルさんでなければ・・」と言って少し間を空け、

 何かいやな言い方だな。

「もうヒトリ、います」

「もう一人?」

 安物好きがもう一人いるってどういうことだよ。目の前のフィギュアドールは僕の思念、理想で創り上げられたはずだぞ。


「そのヒトは、ココにいたはずです」

 島本さんのことか? ドールが接触した僕以外の人間は島本さんしかいない。

「そのヒトの思念が入り込んだのです」

 島本さんの思念?

 島本さんが安物好きだっていうのか?

 そんな雰囲気じゃないぞ・・


 そう思っていると、ドールはこう言った。

「その人とも・・カンケイセイを作らなければなりません」

 島本さんとドールが関係性を作るだと?

 ドールは一通り言い切ると、無表情な顔を更に固めた。


 今はっきり言えることは・・意味が分からない、ということだ。

 なぜ、購入者以外の思念が入り込んだドールが出来て、更にその上、赤の他人である島本さんと僕の所有物が関係を作らなければならないんだ?

 矛盾だ! すごく矛盾だ。

 納得できないぞ! 僕が20万円支払ったんだぞ! ボーナス後払いだがな。


「どうも納得できないんだがな」

 僕がそう言うと「ナットク?」と首を傾げ、「シバラクお待ちください」と答えた。

 頭の中の辞書を調べているのか?

「ミノルさんは、腑に落ちない・・ということですね」ドールは数秒でそう答えた。

「まあ、そうだな・・似たようなものだ・・赤の他人と僕の所有物であるお前が関係を結ぶ・・っていうのが、認められない」

 ドールはしばらく思考しているように見えた。

 真顔で僕をじっと見ている。

 瞬き一つせず、イズミに似たその顔を僕に向けている。

 黙っていたと思ったら、ドールはようやく口を開いた。

「ミノルさん」

「何だ?」呼ばれたのでそう答えた。


「ミノルサンは、セコイですね」

 今、何と言った?

「悪いな、もう一度、言ってくれ、聞こえなかった」

「セ・コ・イ・・と言ったのです」

 ドールは淡々かつ強く言葉を繰り返した。


 これは、もう返品決定だな。

 こんな具合の悪い商品はダメだ。ひどい!

 自分で購入した商品を赤の他人を関係しろとか、「せこい」とか罵倒されて、何一ついいことなんてない。国産型と比べて安価なフィギュアプリンターで作られたものだから我慢しろと言われても無理だ!

 今すぐ、販売サイトのマリーさんにメールしよう。

 

「悪いが、そこを退いてくれ」

 パソコンの前に居座っているドールに言った。

 ドールは素直に立ち上がると、部屋の隅に移動した。そこでもドールはペタン座りをして、僕の様子を伺っている。何もしゃべらない。


 せっかくドールの服を買ってきたが、もう我慢できない。

 考えてみれば、僕は元々孤独を愛する人間だ。

 誰とも関係を持ちたくなかったはずだ。

 それが、うっかりフィギュアプリンターを買ってしまったばかりに、イズミに似たドールというもう一人の住人が増え、隣のおばさんと少しだが親密になってしまった。

 そこまではまだいい。

 どうして、人間関係が増えるようなことになるんだよ!

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