第12話 ワタシはヤスモノ
◆ワタシはヤスモノ
「じっとしていろ」とドールに言い残して出てきたのに、
ボロアパートの部屋に戻ると、ドールは、ペタン座りでパソコンに向かっていた。
紫の安物ワンピースが座布団の上に広がっている。
「おい、何をしてるんだ。それ、僕のパソコンだぞ!」
いくらAIでも僕専用のパソコンに触れていいってことはない。
ドールは振り返ると、
「ミノルさん、おそいです」
僕の言葉を無視して言った。
「ジッとしていろ、とイワレましても、お役に立てることがないものですから」
ドールは無表情で淡々と言った。
役に立つことだと?
「ドールは役に立つことをするようにできているのか?」
僕の問いにドールはコクリと頷いた。
「ワタシのタイプはそうできています」
私のタイプ?
ドールについて、色々知りたいことはあるが、
まずは、そのドールの手!
さっきから僕の話を聞きながら、マウスをくりくり操作しているのは、何だ?
「パソコンの使い方がわかるのか?」
「はい、初歩的なコトは、アラカジメ組み込まれています」
すげえな。改めて感心する。
「それより、そのマウスから手を離せ! 人の物に勝手に触るんじゃない!」
僕の言葉にドールは素直にコクリと頷き「ヒトの物に勝手に・・フレテハイケナイ」と暗唱した。ひょっとして学習しているのか?
パソコンの使い方よりも一般常識の方が先だろ。
僕は「もう人のパソコンには触らないな?」と念を押した。
すると、ドールは、「はい」と綺麗な声で答え、
「このパソコンはヤスモノなのですか?」と言った。
は? 今、僕のパソコンのことを安物、と言ったのか?
僕は「ヤスモノとは安い商品のことを言っているのか?」と訊いた。
僕の問いに、
「このパソコンのCPU、メモリー・・スペック全てが低く、ヒンジャクです」と、ドールは答えた。
貧弱って・・すげえ表現だな。けっこう傷つくぞ。
「あのなあ・・何が貧弱か、高価な物なのかは知らないが、僕の安月給で買えるものはこれくらいなんだよ。悪かったな、安物で」
僕はぶっきら棒に言った。
「ミノルさん。傷ついたようですね」
ドールは僕の顔を覗き込むような表情で言うので、
僕は「ああ、すごく傷ついたな」と言ってやった。
言うだけではない。本当に傷ついた・・だんだん傷が深くなっていくようだ。
誰かに指摘されるのではなく、自分で買ったフィギュアに「安物」と言われたのだ。何も動じない方がどうかしてる。
ところが、ドールは、
「傷ついたのは、ワタシもです」と本当にしょげ返るように少し俯きながら言った。ドールなりの感情表現なのか?
私も傷ついた?
「なんで、フィギュアの・・いや、ドールのお前が傷つくんだよ?」
「ワタシもヤスモノだからです」
・・私も安物、と言ったのか?
「お前が、何を基準に安物と言っているのか知らないが、フィギュアプリンター自体は結構な値がしたんだぞ。僕の給料一か月分とまでは言わないが」
あとで、買ったことを後悔したがな。
今はもっと後悔し始めているぞ。
「ホカのドールはもっとお高いです」
他のドールって・・あの20万のフィギュアプリンターで作れるのは、みな似たり寄ったりじゃないのか?
自分の思念で作成したドールに高いも安いもないだろう。
「お前は、僕の思念がお粗末だとでもいいたいのか?」
僕の問いにドールは首を機械的にぶんぶんと左右に振った。
違うのか。
「ミノルさん。ワタシが言いたいのは・・コレです」
ドールはパソコンのディスプレイを僕に向けた。
ドールは何かを説明したがっているように見えた。
ドールは検索サイトの僕の「お気に入り」をクリックしたらしい。
サイトには、フィギュアプリンターの販売サイトがある。
20万円、クレジット分割払いのフィギュアプリンターがそこで売られている。
「これがどうかしたか?」
「まだレビューを読まれてはいないのですか?」
購入者の感想が連なっているレビュー欄なら読んだ。そもそも、買おうと思ったのはレビューを読んだからだ。人生のやり直し・・そんな嘘みたいな、素敵な文句に惹かれたの僕が馬鹿だった。
「読んだよ」
「ゼンブですか?」
「いや、最初のページだけだ」勢いで購入したから全部は読んでいない。
僕がそう言うと、ドールは「ヤハリ・・」と納得したように呟いた。
ドールは「では・・」と言って、可愛い指でマウスをクリックして、レビュー欄の次の頁を繰った。
「ミノルさんは、このレビューを読んでいないとスイサツされます」
推察?
僕は、どれどれ、とパソコンの画面に目を落とした。
「激安でした! 国産のプリンターだと、数百万もするのが、このプリンターだと、国産の10分の一以下の値段で買えました」20代・学生。
「プリンターで可愛いドールを作って、毎日楽しんでいます。友達が国産のプリンターでドールを作ったのを自慢していましたが、こっちのドールの方が断然いい! しかも高性能!」30代・会社員。
国産があるのか?
国産のフィギュアプリンター、価格が数百万だと!
僕は慌てて、検索エンジンで「フィギュアプリンター」とタイプした。
僕はフィギュアプリンターの販売サイトに直接アクセスしていたから、プリンター全般のは見ていなかった。
あった!・・他の販売サイトでは、国産のフィギュアプリンターがたくさんある。
いつも僕が本を買っていたサイトでは国産のフィギュアプリンターは取り扱っていなかったのだ。
他の販売サイトでは国産ばかり扱っている。逆に、僕が購入した先の販売会社のものは扱っていない。どうしてなんだ?
それよりも、この金額・・国産のフィギュアプリンターは高級車一台が買えるような金額だ。とても僕のような者には手が出せない。
僕は20万円で、今目の前にいるドールを作ったフィギュアプリンターを買った。
それはレビューにあるような「ラッキー」な事だったのだろうか?
それとも、ドールが嘆くような、只の安物を買ったに過ぎないのだろうか?
けれど、レビューには国産より、断然安く、高性能、と書いてある。
僕は国産のフィギュアプリンターについては何も知らないが、どうして、そんなに価格が違うのだろう?
改めて、僕が買った先のサイトの詳細を見てみる。
メイドイン○○がわからない。説明書にはメールの連絡先しかない。
僕はレビュー欄に更に目を通すことにした。
そこには二つほど気になるレビューがあった。
「このプリンターって、中○製だとばかし思ってました。確かに中○製だけど、規格と販売会社はアメリカなんですね」40歳・男子。
「国産のフィギュアプリンターを買おうか、こちらにしようか、ずいぶん迷いましたが、国産の方のレビューにはいわゆる『サクラ』が多く見受けられるようなので、こっちに来ました。それに安い! もし買うのが失敗だったとしても、後悔しない程度の金額です」55歳・無職。
アメリカの会社だと?・・そう言えば、メールの相手は「マリー」だった。僕はまた中○人が、適当な名前で相手をしているものと思っていた。
いや、こっちのレビューばかり読んでいては、考え方が偏ってしまう。念のため、僕は国産のフィギュアプリンターのサイトのレビューにも目を通すことにした。
だが、国産のレビュー欄、そして評価は低かった。
買ったことを後悔する者や、買わない方がいいよ、と忠告する人。
そして、信じられないことに、国産の方が「サクラ」が多かった。
中にはこんなレビューもあった。
「国産はまるで血の通わないアンドロイドみたいだ。それに、細かい設定が多すぎ! 僕には必要のないものばかり・・ユーザーはそんなものを求めていない。
・・そんなわけで、僕はあとで安い方を買い直しました。安い方が、断然いいよ。おススメです!」55歳・会社経営者。
これ、営業妨害だな・・削除されないのかな?
パソコンの画面を食い入るように見ていると、
耳元で「どうですか? ミノルさん」とドールが言った。
お下げの髪の無表情なドールの顔がそこにあった。
イズミに似て、非なる顔・・
「とりあえず・・お前が言っている安物の意味はわかった」
僕がそう言うと、
「やはり、私はヤスモノなのですね」
ペタン座りのドールはそのままの姿勢でガッカリしたように静かに俯いた。
・・ドールに、どんな感情の起伏があるのかは知らない。人間の僕にはわかるはずもない。
自分が安物ということで、優れた国産製のドールに妙な劣等感を持ったりするなんて、僕には考えられないし、昨日までの僕はそんなことは信じられなかった。
けれど・・今は、
「おい、ちょっと、こっちに来い!」
ドールは「ミノルさん・・何でしょう?」と言って、ペタン座りのまま、スリスリとすり寄ってきた。
僕は近づいてきたドールの髪の毛を掴み、くいっと引っ張った。
「イタイッ!」
と小さく叫んでドールは頭を押さえた。
すごいな・・痛覚まであるのか。
まるで、人間の女の子の頭皮と髪じゃないか・・
ドールは「ミノルさん・・いったい何を?」と頭を押さえながら訴えた。
僕を見上げるドールはやはり無表情のままだった。
そんなドール・・「イズミ」と名を付けたドールに僕はこう言った。
「お前は、ちっとも安物なんかじゃないよ」
僕の言葉に素直に頷くドールが間近にいる。
これが人間の少女だったら、体温や息遣いまで感じられる距離だ。思わず抱きしめてしまうかもしれない。
けれど、僕はそんなことはしない。これは単なる玩具・・フィギュアプリンターで作られたドールだからだ。
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