第11話 大型衣料品店「やまむら」
◆大型衣料品店「やまむら」
営業時間、8時まで・・閉店には何とか間に合った。
大型衣料品店「やまむら」・・普段着を買うのにたまに訪れる場所だ。
あれこれと選ぶ時間はないが、ドールに着せる取り敢えずの服だから、多少の趣味の違いがあってもいいだろう。
趣味の違い? 僕もおかしなことを考えるものだ。相手はAIドールだ。僕の所有する玩具のようなものだ。僕の趣味で選べばいいではないか。
そんなことを考えながら、大型衣料品店の婦人物コーナーに突き進んだ。
最初、女子、キッズ物の方がいいのでは? とも思った。
僕が結婚していて娘がいたとしたら、そんな買い物をしていても全然おかしくはない。
けれど、そういう設定で買い物をするのが、妙に気が引けた。
ここは、ちゃんとした大人の女性が身に着けるようなものがいい。恥ずかしいが、仕方ない。
それにしても格好悪いな。専用の買い物かごを下げ、僕は婦人服コーナーを徘徊するように歩いた。
その時だった。聞き覚えのある声が背中に聞こえたのは・・
「あら、井村くん?」
振り返るとそこにいたのは、アパートの隣の住人であるおばさん、いや、おばさんと呼ぶと失礼だ。島本さんだ。昼間会ったばかりの。
この店は歩いて5分ほどの所なのに、島本さんはきっちりした服装をしている。
そういえば、島本さんのだらっとした普段着姿は見たことない。
「こ、こんばんわ」
僕は何か悪いことをしている所を見つけられた子供のようにおどおどした挨拶をした。
島本さんは「ストッキングに電線が入っちゃってるのに気づいて・・」と自分が来店した理由を説明して、
島本さんは「井村くんって・・独身さんよねえ」と言った。
「もしかして・・あのフィギュアの子の服を買いにきたとか?・・」
当たりです。その通りです。
僕は変な趣味を持つ絵に描いたような変態男子です。
罵ってくださって結構ですよ。通報さえしなければ。
と思っていると、
「いいわねえ・・羨ましいわ」
そう島本さんは言った。
そう言って「ごめんなさい、羨ましいっていうのは、誰かのために服を買うのが、いいって言っただけで」と何か弁解するように言った。
そんな風に話す島本さんに僕は、
「フィギュアの服を買いに来るって・・気持ち悪いでしょう?」と訊いた。
けれど、島本さんは「ううん。全然」と首を振った。
「あんな可愛らしい女の子のお人形なら、私だって、いい物を着せたくなるわ」
「そ、そうですか・・そうですよね」と言って僕は笑った。たぶん変な笑顔だ。
どう答えていいのか分からない。
ドールの衣服がどうでもいいことのように答えると、薄情な人間みたいだし、執着し過ぎるように言うと、偏執狂みたいだ。
しかし、そんなことどうでもいいと言えばどうでもいい。
隣に住む人にどう思われようが、いいではないか。
どうでもいいと思っていても口は動く。
「でも、女の子の着る物なんて、買うの初めてで・・わかんないんですよ」
そう言った僕の顔を静かに見て、
「ねえ、井村くん」
「は、はいっ」
僕は先生に呼ばれた生徒のように返事をした。
「よかったら、あの子の服、選ぶのを任せてもらえないかな?」
島本さんは何かの楽しい行事の担当を申し出るように言った。
えっ
何だよ、この展開は?
それって、いいのか?
いくら隣に住んでいる人だからといって、そんなことをさせていいのか?
服といっても・・ドール・・フィギュアに着せる服だぞ。
「あの子、確か濃い色のワンピース? みたいなものを着ていたわね」
「紫色です・・」安物だけど。
それにしても、ただのフィギュアドールを「あの子」と呼ぶなんて、男子の僕にはすごく違和感がある。
続けて島本さんは「それに、下着とか・・井村くん、買うの、恥ずかしいでしょ」と言って笑顔を見せた。
それは素敵な笑顔で、以前、ゴミだしに文句を言っていた人とはまるで別人のようだった。こんな顔をする人だったんだ。
僕は「下着を買うの、当然恥ずかしいけど、服を買うのも恥ずかしいですよ」と正直に言った。
島本さんはまた笑って「じゃ・・予算は?」と訊いた。
僕が「なるべく、安く・・」と言うと「わかったわ」と言って、陳列棚を眺め始めた。
「まず、下着は、これとこれね」と手に取ったり、
「あの子、身長は?」と訊ねられ、僕が「154㎝です」と答えると、すぐにその身長に適したサイズの服を探しだした。
色も紫色みたいな暗い色とは違って「あの子には、こんな色の方が似合うわよ」と言って黄色などの薄く明るい色を出してきて見せた。
そんな島本さんはすごく楽しそうに見えた。
まるで自分の娘に着せるものを選ぶみたいに。
そう言えば、島本さんは、年頃の子供がいてもおかしくないような年齢だ。
一人暮らしだから・・独身だよな?
いや、離婚している場合だってある・・それじゃ、子供は?
いや、そんなことはどうでもいい。人のことはどうでもいいじゃないか。
僕はそうやってこれまで生きてきた。
他人は他人。自分は自分。隣人には干渉しない。それが僕の流儀だ。
「井村くん、何か、リクエストはある?」
楽しそうに島本さんがそう言った・
「そ、そうですね・・・靴下は伸縮性があるものを・・つまり、柔らかいものを」
「もちろん・・子供は、そういうの敏感だもの」
子供、って・・だから、ただのドールだ。
そういう僕も、実のところ気にしているんだが・・
そして、いつのまにか、買い物かごはドールの服で一杯になっていた。
島本さんは「あの子、寒がったりはしないの?」と訊いてきたので、
「そんなこと・・」
そんなこと、僕が知るはずがない、わかるわけがない・・だって、まだ買ったばかりだ、と言いかけたが、
「まだ、僕はフィギュアドールのことは何も知らないんです」と答えた。
島本さん「そう」と言うと、今度は、
「あの子、名前は? もう付けてあげたの?」と訊いてきた。
恥ずかしいけれど、「イズミです」と答えた。「カタカナで、イズミです」
すると、
「イズミちゃんには、お帽子をかぶせてあげましょうか」と言って「あ、帽子は私に奢らせてね」と笑顔を見せ、島本さんは女子のアクセサリーコーナーに向かった。
ドールは外出できない。だから、帽子なんて買っても無意味だ。
けれど、そんな水を差すようなことは言わずに、僕は彼女のあとをついていく。
これではまるで両親が娘の服を買い揃えに来たみたいだ。
「それじゃ、井村くん、私はまだ他に用事があるから」
島本さんからは店を出たところで別れた。
別れる際、島本さんは
「イズミちゃんに優しくしてあげてね」と言った。
フィギュアのドールに優しく?
僕は頷いたが、あれはただの人形だ。冷たくするも優しくもないだろう。
それよりも、島本さん・・意外といい人なんだな。そう思った。
色々つき合わせてしまった。
何かお礼をすべきなのではないだろうか?
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