第10話 イズミ②
メールが返ってくるまで、コンビニで買ってきた弁当を食べ、風呂に入った。
今度は一時間後にメールの返信があった。
「こんにちは、メールを頂き、ありがとうございます・・マリーです・・
ドールタイプを起こすには、足の裏のボタンが青くなっていれば、押してもかまいません」
ああっ、言葉がよくわからないぞ!
変な日本語をちゃんとした日本語に訳す機械はないのか!
「ボタンが赤ければ、ご睡眠中です・・それでは、またの質問を快くお待ちしています」
要は、ボタンが赤い時は、まだ寝ている、ということで、青くなっていたら、起こしてもかまわないから、ボタンを押せ、ということだな。
僕の前に横たわるドール・・少女と言っても、この小さな部屋のせいなのか、やはりその体は重量感があり大きく感じる。
見るからに安物のワンピースから伸びた細い脚を見る。
これも紫色のソックスだが、左右の長さが違うし、大きさも・・右の方はダブついている。
一言・・いい加減だ。おそらく下着を穿いていても、いい物を穿いているとは決して想像できない。
メールには足の裏とだけ書いていて、右とも左とも書いていない。
取り敢えず、ダブついている右の方を脱がしてみる。
なぜか、緊張する。フィギュアドールとはいえ、これだけ本物そっくりの女の子の靴下を脱がせることなんて、これまでの人生経験でない。
いやいや。これはただのオブジェだ。AIを搭載したフィギュアドールだ。そう思えばいい。
ソックスを脱がせた右の素足の裏・・を見てみると、確かに口径1センチほどのプッシュ式ボタンのようなものがある。
だが、その色は・・
おいっ! 緑色じゃねえかよっ!
どうなってるんだ? どう対処したらいい?
またメールで訊ねるか? あのマリーという胡散臭い名前の人に・・
いや、待て・・まだ左足の裏を見ていない。
僕は左足のソックスに手をかけた。
なんだ、この靴下、きつきつじゃないか。それに伸縮性ゼロだ。
僕が子供の頃、母が買ってきた安物の靴下みたいだ。
僕は少女の左足のふくらはぎを手で押さえ、ソックスを引き剥がすようにして脱がせた。
ずりっと脱げ落ちたソックスの跡には、生地のカスみたいなものが一杯くっ付いている。
そんな毛玉のようなカスを見ながら、僕はこのドールが少し気の毒になった。
AIとはいえ、この世界に生を受けたものだ。
それは人間ではないかもしれない。動物以下なのかもしれない。
草木や花より下の存在なのかもしれない。
だが、それは、どう違うのだろう?
上や下ではなく、
このAIが、人間が創ったものであっても、人間以上に正確な判断ができる存在であるなら、我々人間をも凌駕するのではないだろうか・・
そこには、「尊厳」が必要だ。
そんなことを考えながら、左足の裏を見ると、右にあるボタンより小さなボタンが付いていた。
色は青だ。これだ!
僕はボタンを押した。
・・カチッと小さな音がしたのと同時に、少女は上体を起こした。
「お休憩、カンリョウです」
ドールは無表情な顔を僕に向けてそう伝えた。
眠りから覚めるなりドールは、
「ミノルさん・・ワタシ・・お腹がすきました」と言った。
ドールのお腹がすく、というのは、栄養補給のためのタブレットを飲むということだ。
錠剤のケースには一日一錠と書いてある。
僕は錠剤の包装を解き、中から一錠取り出した。
錠剤を見るとドールは「ソレをください」と言った。「水も」
ドールは人間と同じように錠剤を水で飲み込んだ。
すると、また目が輝き出した。
栄養がフィギュアの体に循環し始めたのだろうか?
人類も、こんな小さな錠剤で一日元気で活動できるのなら、それほど便利なものはないだろうな。食の楽しみはなくなってしまうだろうが。
少女のドールは再び立ち上がった。
立ち上がり、その場でくるりと一回転した。
紫の安物ワンピースがふわりと膨らみ、
お下げの髪が回転に合わせて舞った。
そして、その場に静止すると、
「この服・・なんだかゴワゴワします・・」と言った。
それはそうだろう・・
イズミという名のドールが身に着けているもの、その全てが、信じられないような安物なのだから。
下着を穿いているのかどうか、わからないが、穿いていたとしても期待できるようなものではないだろう。
僕はイズミという名のドールにこう言った。
「んじゃ、ちょっと行ってくるよ。待ってろ!」
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