第7話 初期設定

◆初期設定


 フィギュアの少女・・

 こうして見ていると、人間の少女のようにも見えるが、その脇腹には、コードが突き立てられている。

 何か痛々しいな・・

 上までたくし上げられたワンピースを見ると、少なくともブラジャーは付けていないのがわかる。

 このAI・・自分の意思で・・自立歩行とかするのだろうか? それとも寝たっきりとか・・


 フィギュアは箱の中で、半身を起こしたまま、目を閉じ、少しうつむいている。

 まるで本当に寝ているようだ。充電が気持ちいのだろうか? 人間の僕にはわからない・・

 そんなフィギュアを見ていると僕もまた眠くなってきた・・少し、うたた寝をする。

 寝ながら考える・・

 隣のおばさん・・また来ると言っていたが、何をしに来るんだろう?

 

 このフィギュアで僕は何をしたらいいんだ? 外に持ち出すことのできないフィギュアと部屋の中だけでしかできないことは限られている。

 食事とか、どうすりゃいいんだ? 何か食べるのか? ガソリンとか飲むんじゃないだろうな? 着替えとかいるのか? 


 うたた寝から目を覚ましても、まだ、フィギュアは起きていない。

 壊れていないだろうな・・僕はフィギュアの顔を下から覗き込んだ。

 その瞬間、フィギュアの目がカッと見開かれた。

 うわっ! びっくりした!

 見開いた目がこちらをぎろりと睨んでいる。


「マダです。そんなにミナイデください」

 そう言ったフィギュアの目は、最初暗かったが、輝き始めている。

 説明書によると。充電がほぼ完了すると、目が明るくなるらしい。

 ・・しかし、それにしても「見ないで」とは・・

 これはAIフィギュアドールだが、ただの商品に過ぎない。

 商品を購入したのは、誰あろう、この僕だ。

 僕は、商品が壊れてないか、チェックする権利と義務がある。


 そんなことを考えていると、

「ジュウデン、完了しました」とフィギュアの声がした。

 同時に、フィギュアは起き上がった。

 捲れ上がっていた紫のワンピースがはらりと舞い下がった。

 次に、右足をぬっと箱から出した。すると、安定が悪いのか、ぐらっと傾いた。

 僕は「おっと」と思わず声を出し、倒れ込みそうなフィギュアの体を抱き支えた。

 柔らかいっ!

 フィギュアの少女の体は想像以上に柔らかく、それなりの体温もあるようだった。

 これ、何で出来ているんだろう? シリコンか?

 少女はそのまま左足も箱から抜け出し、この僕の部屋に降り立った。

 油の匂いだろうか? 微かに匂う。そんなに不快でもなかった。


「ジリツホコウを開始します」

 自立歩行・・なんてことを言うから、僕はロボットみたいにガシャガシャと音を立て、カクカクとぎこちなく歩くのを想像していたが、

 何のことはない、フィギュアの少女は畳の上をスタスタを歩き回った。

 体重・・それも見た目通りだと推測された。


「イジョウ無しです・・歩行能力に問題はアリマセン」

 フィギュアは歩き終えるとそのまま僕の方を向いて言った。

 顔が無表情だ。口だけが動いている。

 そして、その顔は「イズミ」に似ていた。表情のないイズミの顔。

 けれど、イズミの中に、別の顔が存在する・・そんな感が拭えない。

 人を模したドールだから、それは当然のことなのかもしれない。


「今から初期設定を開始します」

 フィギュアはその場に立ったまま言った。

 その姿は人間の少女そのものだった。

 だが、その顔は無表情そのものだ。


 人間に本物そっくりに見えるAIフィギュアの少女。

 しかし、世の中には、フィギュアのような冷徹な人もいる・・フィギュアと言うと聞こえはいいが、人の感情を持っているのか? と疑問を投げかけたくなるような人を僕は何人も見てきた。

 AIと人・・その境界線は、今では希薄になりつつあるのかもしれない。

 自立するAIの思考はどこまで広がっているのだろう?


 そして、目の前のAIドールは・・

 自分・・僕の好みに合わせて設定ができる。


 フィギュアはこう言った。

「まず、ワタシは、人間の女の子を模したドール・・ということでカマイマセンカ?」

 見た目そのまんまだ。「それでいいが・・特に問題もない。どうしてそんなことを訊く?」


「このフィギュアプリンターはニンゲン以外も作成が可能ですので、そのカクニンです」


 フィギュアが説明するには、フィギュアプリンターで作成できるものは、人間以外にも、犬猫のようなペット、つまり、この箱のサイズ内で作れるものなら、そのほとんどが可能だということだ。

 そう・・フィギュアになれるものなら何でも。

 だから、このフィギュアはフィギュアプリンターで作られた人間の少女そっくりの「ドール」ということだ。その確認だ。

 少女を模してはいても、「お前は爬虫類のワニだ」と主人が言えば、そうなる。


 人によっては、自分の親や子供も作ったりするのだろうか?

 レビューにあったように、亡くなった人も作ったりするのだろうか?


「ツマリ・・ワタシはフィギュアのプリンターで作成された『ドール』なのです」

 わかった、わかったよ。

 フィギュア・・

 いや、ドールが言いたいのは、

「私はフィギュアではなく、『ドール』という商品名称だ。だからフィギュアではない」ということが言いたいのだろう。

 これって・・フィギュア・・いや、ドールなりのプライドなのか?

 人間にだって、そんなプライドがあるかもしれない。

 動物ではなく、人間なのだ、と。


「ミノルさん」

 初期設定は、出来上がったドールが先導してくれるらしい。

「次に、私に・・ワタシが、ワタシであることの名前を付けてください」

 何か変な日本語だな。

 ここは当然、用意していた名前を言う。「お前の名はイズミだ」


「イズミ・・イズミですか・・」

 ドールは「イズミ」という名を何度か暗唱した。「いい名前ですね」

「では、これから、私のことをイズミと呼んでください」

今日から、君は井村イズミだ。


「次に、私とミノルさんのカンケイセイを述べてください」

 カンケイセイを述べる?

「関係性のことか?・・どう言ったらいいんだ?」

「関係性と言うのは、兄弟、親子、恋人・・のような二人の関係を指します」

 何だ、二人の関係か・・

 恋人・・でいいんじゃないか。最初からそのつもりだったし。

 けれど、何か照れるな・・

 こうして、少女の顔を目の前にすると、何か罪悪感のようなものが生まれる。

 それに、恋人にしても、兄妹だとしても・・年が離れすぎている。

 ドールはどう見ても、17歳くらいだ。


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