第84話 女友達②

 そして、その男は理性の欠片もないような男。つまり獣のような男だったと補足した。

 そんな男を、伊澄さんの姉の美貌を妬む女は利用した。

「その女性は、そんな男に、私が『山の中で待っている』そう言ったそうです。そして、姉には『大事な話がある。裏の山で待っていて』と約束を取り付けました」

 時間は夕刻、街灯もない山の中、顔もよく見えなかったと推測される。


 すると、渡辺さんが急に、

「伊澄さん、その山って。この町の裏山のことなのか?」と言い出した。

 神城が「でも、伊澄さんって、転校生よね?」と言った。

 伊澄さんは、他の町から、ここに越して来たんじゃないのか?

 ・・何かが、おかしい。

 この話の裏に何かある。そう思えてならない。


 伊澄さんは、少しも動じず、「そうです」と言って、

「山は、この町の裏の山だし、私は転校生です」どちらも正しい、そう言った。

 そして、

「私は、この町に戻ってきた。それだけのことです」と微笑みを浮かべた。

 切れ長の瞳が更に鋭くなったように見えた。

 伊澄瑠璃子は、以前この町に住んでいたのか? だからあの屋敷とも繋がりがある。そういうことか。

 では、その姉は、どこにいるんだ? 両親はいるのか?

「君は、この町に帰って来たんだな」

 そう声を上げたのは渡辺さんだった。なぜか納得したような表情だ。

 

 それた話を元に戻すように伊澄さんは話を続けた。

「純粋な姉、人を信じ、疑うことも知らない姉は、迷うことなく山の中に出向いていったそうです」


「あんな山に?」君島さんは言った。

 そんな君島さんに、伊澄瑠璃子は「そうですね、君島さんのような上品な女性には、とても理解できないでしょうね」と言った。「それほど、姉にとっては、その女友達の方が大切だったのです」そう強く言った。

 伊澄瑠璃子は、姉の事件を痛ましく感じているようにも思えたが、

 薄らと微笑んでいるようにも見えた。それは何故だ?

 彼女はこの話を、心のどこかで楽しんでいるようにも見えた。いや、話の内容ではなく、僕たちに話すことを楽しんでいる。そう感じた。


「姉と、姉が友人だと信じていた人は、周囲の目から見ても、仲が良さそうな二人に見えたそうです。家が隣同士だった二人は互いの家を行き来し、遊んでいたそうです。当時、友達のいなかった私には、羨ましい光景でした」

 家が隣同士・・

「けれど、今思えば、その友人は、姉と近しくなることで、自己の存在を周囲にアピールしていたのですね。『自分には、こんな綺麗な友達がいるのよ』とでも言いたかったのでしょう」

 そんな関係はすぐに破綻する。そんな話の流れだ。つまり、その女友達は、自分が注目されているのではなく、伊澄さんの姉に周囲の目が向けられていることにすぐに気づいた。

「時間が経つにつれ、その友人には姉に対する嫉妬、妬みのようなものがいくつも渦巻くようになっていたのです」

 その女友達の考えていることが推測できた。

「伊澄さん、その女友達は、伊澄さんのお姉さんに酷い仕打ちをすることを企んだんだな」と僕は言った。

 伊澄瑠璃子は頷き「ええ、その通りです。その後のことは、先ほど言った通り、知り合いの陰湿な男に、私が山の中で待っていると嘘をついたのです」

 そして、無垢な姉は・・

「その後のことは、ご想像下さい。私も見たわけではありませんから」

 伊澄瑠璃子はそう言った。思い出したくもない。そう聞こえた。

 神城が、「それって、犯罪よね。その男の人、捕まったの?」と訊いたが、伊澄さんはその言葉を無視して、

「男は行為の最中、相手が私でないことに気づいたそうです。そして、その男は、姉にこう言ったようです。『この際、姉の方でもいいか』と」

「我慢すればいいことだ。こいつを瑠璃子だと思えばいいだけのことだ」男はそう言ったらしい。そして、こうも言ったそうだ。

「顔は同じなんだから」と。


 顔が同じ・・

 ということは、同じような容姿で、妹である伊澄瑠璃子の方には、性的な魅力が兼ね備わっていたということか。だが、今、目の前に佇む伊澄瑠璃子は、眉目秀麗だが、性的な魅力に溢れているとは言い難い。

「男が、そう言ったと、妹である君が、どうして知っているんだ?」

そう渡辺さんが訊いた。

 え?

 今の渡辺さんの質問はおかしい。

 伊澄さんが、お姉さんから話が訊けなかったみたいじゃないか。男から言われたことを妹に言ったとしても全然おかしくはない。それなのに、

 まるで、お姉さんが、もうこの世にはいないみたいに聞こえる。


 そんな疑問の中、君島さんが「その男が言い触れ回ったんじゃないの」と言った。

 確かにそれも考えられる。

「ひどいわ」と神城が声を上げ、「お姉さんは、その後、どうなったの?」と尋ねた。

 それが気になる。


 だが、伊澄瑠璃子は、

「姉は、亡くなりました」と静かに言った。

 神城が「えっ、亡くなったって・・まさか、その男が?」と驚きの声を上げた。

 すると、

「正確には、姉は、『行方不明』扱いになっています」と伊澄瑠璃子は言い改めた。

「行方不明?」

 行方不明から一定の期間である7年が過ぎると、法的には死亡扱いとなる。

 神城が「それって、おかしいわよね。その男は、その後、伊澄さんのお姉さんをどうしたの?」

 そして、その男は法的な裁きを受けたのか? 罰を受けた男はその後どうなったのか?


「その男は、言ったそうです」

 錯綜する疑問の中、伊澄瑠璃子は言った。

「あの女は、確かに俺が殺したはずだ」と。

 神城は「えっ、どういうこと?『・・はず』って」と訊いた。

「姉の遺体は、見つからなかったのです」

 その男は、遺体を隠すつもりもなかったようだ。

 ただ単純に、自分の罪を隠すつもりだったのか。暴れだした伊澄さんの姉を自らの手で殺めたということだ。

 だが、肝心の遺体が出てこない。

 捜査は難航した。地元の人達の力も借り、大人数で山の捜索が行われた。だが努力も虚しく伊澄さんの姉は行方不明のままとなった。

 そして、その計画を目論んだ自称伊澄さんの姉の友人は未成年ということもあり、法的にも処分されることはなかった。

 当時、小学生だった伊澄さんの気持ちを思うと切なくなる。

 

「それから、原因は分かりませんが、私を性的な目で見る者はいなくなったようです。何かの憑き物が落ちたようでした。その代わり、最初、君島さんがおっしゃったように、私の周囲にはある種の女性たちが集まるようになりました」

 それが君島さんの最初の質問・・「どうやって女子生徒を手なずけているのか?」の回答でもあるかのように言った。

 まるでいなくなった姉の美しさが、妹の瑠璃子の上に重なったように。

 これは、僕の想像だが、伊澄さんは、その事件以降更に、その美しさを増したのではないだろうか。そんな想像をさせるほど、目の前の伊澄瑠璃子という少女は美しい。


「そんな話、信じられないわ」

 誰も言葉を発しない中、君島さんが小さく言った。


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