第83話 女友達①
◆女友達
「話がおかしい」僕はそう言った。
伊澄瑠璃子は黙って僕の顔を見ている、
「お姉さんが、男の人を惹きつけなかったって、話が矛盾していないか?」
神城も「そうよね」と言って、「何かをされたのって、お姉さんの方なんでしょ?」と指摘した。
伊澄瑠璃子は薄らと微笑み、「私の説明不足でしたね」と言って、
「姉は、私の身代わりになったのです」と静かに答えた。
「身代わり?」僕と神城が同時に声を出した。そして、「伊澄さんじゃなくて、お姉さんが、男の人にイヤらしいことをされたの?」と神城が訊いた。
「はい」と伊澄瑠璃子は言って、
「ある男が、山の中で無理やり、その行為に及んだ・・と聞いています」
神城の顔が「厭な話を聞いてしまった」と言う風な表情になる。
そして、
「お姉さんは、またどうして、そんな山の中へ行ったりしたの? 連れていかれたの?」と尋ねた。
「それに、その男の人は、伊澄さんじゃなく、どうしてお姉さんの方を?」
・・醜い心は嫌いだ。そんな心を私は憎む。
また、伊澄瑠璃子の心の声が聞こえてきた。声は、この部屋の中に漂っている。 そんな気がする。そして、その声はさっきより大きくなっている。
まるで、他の誰かの心と共鳴し合っているようだ。
ずっと黙っていた君島さんが、「山の中って、汚いわ。あの屋敷といい、どうして、そんな汚い所で・・」と呟くように言った。
伊澄瑠璃子は、そんな君島さんを無視して、
「姉は、親友だと思っていた人に裏切られたのです」
そう淡々と言った。
裏切り?
「えっ、どういうこと?」神城が訊く。
「噂では、その人の姉の美貌に対する妬みだとも聞きました」
妬み?
ずるっ、ずるっ。
どこかを這いずるような音。畳の上、いや、違う。土の上? 何かが近づいてくるような。それともただの幻聴か?
なんだろう。さっきからイヤな感じがする。
君島さんが「話が見えないわ」と言い、神城も「そうね、よくわからないわね」と小さく言った。
だが、渡辺さんは何かを知っているのか、黙って聞いている。
伊澄瑠璃子の話によると、
お姉さんは、中学に上がった頃、同級生、又はその周辺の女子に嫌がらせを受けていたらしい。伊澄さんに似て、姉の方も眉目秀麗だったのだろう。
同性の美に、醜い心が覆いかぶさっていく。
周囲の目が憧れに向いていけば問題はないのだが、淡い憧れには向かわず、彼女を見る目が嫉妬、妬みに向かい、そのまま固執していった。
人は一度醜い心を持ってしまうと、中々その心を変えることは出来ない。
伊澄瑠璃子はそう言った。
そんな妬みは次第にエスカレートしていったようだ。
同時に、伊澄瑠璃子自身には、性的な好奇の目、厭らしい願望を寄せる男たちがまとわりつくようになった。
そして、その二つの心を利用した者がいた。
つまり、姉妹に寄せる二種類の願望をうまく取り換えた者がいたのだ。
姉に対する美への憎しみ。
妹の瑠璃子に対する性的欲望。
伊澄さんのお姉さんがどれほど美しかったのかは知らない。目の前の伊澄瑠璃子も十分に美しい。彼女以上に美しかったお姉さんはどれほどのものだったのだろうか?
もっと分からないのは、目の前の女子高生の伊澄さんの幼少期。
どれほど可愛く、魅力に溢れ返っていたのか、想像できないが、そんな無垢な少女に対して欲望の歯を研ぐ男たちの神経も理解できない。
そんな理解のできない人々の欲望や妬みの中、事件は起きた。
事件は起きるべくして起きた。
周囲の人間たちの邪心は、防ぎようのない圧倒的なエネルギーを持っていた。
「姉が、唯一無二の親友だと思っていた女性は、欲望をたぎらせた男のうちの一人と知り合いだったのです」
伊澄瑠璃子はそう言った。
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