第77話 藪の中

◆藪の中


「それより、伊澄さんは何者なんですか?」と神城が言って、

 続けて僕が「『あれ』はいったい何なのですか?」と訊いた。

 僕たちが知りたいのはそれだ。

「伊澄さんは、さっきも言ったように人間だと思うよ」

 渡辺さんがそう言うと、

 君島律子が、

「そんなこと、学校外の人が、どうしてわかるの?」と敵意を見せるように言った。

「ちょっと、君島さん」と神城が君島さんを制した。「せっかくこうして、話してくれているのに」

 僕も君島さんに「君島さん、ちゃんと話を聞こうよ」と言った。

 そう言うと、「屑木くんが、そう言うのなら」改めて聞く姿勢をとった。


 そんな僕たちの様子を見ながら渡辺さんは、こう話を切り出した。

「はっきり言って、君島さんの言う通り僕は部外者だ。でもね、君たちが知らない話を部外者の人間が知っているケースは多いと思うよ」

「ですよね」神城が頷く。


 では、渡辺さんは僕らよりも知っていると言うのか?

「じゃ、渡辺さんが『あいつ』と呼んでいる物。あれは一体なんなのですか?」

 その問いに渡辺さんは「その正体は僕にもわからない。けれど、あの未知の物体には、体内に寄生する小さなタイプと、自立歩行型の大きなタイプがあると思う」

 体内に寄生する小さなタイプ……それは、松村や佐々木奈々の中に入っている。

 そして、自立歩行型の大きなタイプ……それは屋敷の中で目撃した大きな奴だ。 あの学生の男女が言っていた「まだ完全ではない」という物も大きなタイプに属するのだろう。


「体内に寄生するタイプが、奈々の中に入っているのね」神城が悲痛な声を出した。

 君島さんが、「佐々木さんに、それを入れたのは松村くんよ」と言った。

「知っているわよ。屑木くんから聞いたから」


 そんな二人の会話を流しながら、渡辺さんは、

「それと、さっきから気になっているんだが」と言った。

「何ですか? 渡辺さん」神城が訊ねる。

「君たちが、さっき、大崎教諭の話をした時、あれっ、って思ったんだよ。この話題にあの話が出てこないんだなあ、って」と言った。

「なんですか? あの話って?」神城が重ねて訊いた。

「やはり知らないんだね」

「教えてください」神城が更に言った。

「大崎先生は・・病院に入れられたよ」

 渡辺さんは静かにそう言った。

「病院?」

「地元の精神科の病院だ」

 それを聞いても、大崎先生のあの状態なら、不思議でもなんでもないが、あの症状にそんな病院に入れる処置だけでいいのかとも思う。

 最後に体育の大崎を見たのは、大崎が僕たちの教室に入ってきて、君島さんを襲おうとした時だ。

 ところが、そこへ保健室の吉田女医が入ってきて、大崎を力任せにどこかへ連れていった。それからのことは知らない。

 大崎のそれからの行方が保健室なのか、自宅なのか、それとも親の家に匿われているのか、知る由もない。

 僕や神城がそれぞれそう思っていると、渡辺さんはこう言った。

「大崎教諭は、山の中で発見されたんだ」

 山の中?

「どこの山ですか?」

「大学の裏手にある山だよ。あの山の名前、十文字山というらしいね」

 あの幽霊屋敷がある山か。それにしても、大崎先生が、山の中で発見って、どういうことなのだろう?


「大崎先生が山の中で、発見されて、どうして精神科の病院なんですか?」

 神城が素朴な疑問を呈する。

 僕たちの疑問に渡辺さんは答えた。

「つまり、発見された時の状態が普通じゃなかった、そういうことだよ」

「普通じゃなかった?」と僕。

「そもそも大崎先生は、山の中で何をしていたんですか? あんな山、何にもないですよ」と神城が言った。

「最初に彼を発見したのは、十文字山にある神社の参拝客らしいけどね、山の竹藪の中から変な声がするので、警察に通報したらしい。時間は夜の8時くらいだった」

 大崎先生の変な声? 僕たちの教室にうわ言を言いながら入ってきた時のような声か?


「彼が発見された時には、最初の通報者や、警察、地元の学生なんかも集まっていたんだ」

 渡辺さんがそう言うと神城が「屑木くん、そんな話、全然聞かなかったわよね」と言った。


「集まった衆人の前で、彼はこう言っていたらしい・・『だめだ、俺のは成長しない』と」

 成長?

 俺の、ということは、大崎の中に入っている体内寄生型の「あれ」のことなのか?


「だが、発見者が彼の言葉を聞けたのはそこまでだ」

「どういうことですか、先生は他に何か話さなかったんですか?」

「彼はもう話せなかったらしい」と渡辺さんは言った。「あくまでも発見者が言った話だが、彼は、急に空を仰ぎ見て、口の中から変なもの、つまり、体内寄生型の『あいつ』を出し始めたんだ」

「やだっ、気持ち悪い」神城が小さく言った。

「辺りは暗い。彼の体内から出たものが、それからどこに行ったのかはわからない。それに・・」

「それに?」

「体内から『あいつ』を出し終わった後、大崎先生のアゴが外れていた」

「だから、話すことができなかったんですね」

 渡辺さんはコクリと頷いた。「普通の外れ方じゃなかったらしい。その証拠に、まだアゴが、外れたままだ」

 それを聞いた君島さんが、「涎を流しっぱなしじゃないの」と言った。

「傍観者たちも異様な風景に圧倒されるだけだったと聞いている。彼を問い質しても、意味不明の言葉を発するだけで、彼の家に連絡した」

 つまり、家の方でも大崎を擁護できなくなった。それで、病院に・・

 渡辺さんはこうも言った。「家族が何かを訊きだそうにも、彼の知能は大幅に低下していて、まともな会話が成立しなかったらしい」

 知能が低下。あの教室での時も、かなりおかしかったが、更に進行したということか。

 やがては、松村も、そして、佐々木もそうなるのか。

 

 それにしても、体育の大崎はなんでまたあの山に?

 そんな疑問に答えるように渡辺さんはこう言った。

「これは、あくまでも僕の吸血人に関する知識だ」と切り出した。

 僕と神城は渡辺さんの顔を見た。

「人間の血を大量に飲むには、『あいつ』が必要になってくるらしい」

 その渡辺さんの言葉と同時に、神城が僕と君島さんの顔を見た。

 神城は、「屑木くんと、君島さんはどうなの?」と言わんばかりの顔だ。

 そう、神城にとっては僕と君島さんは吸血人なのだ。神城はそのことを頭に置いている。

 だが、少なくとも僕と君島さんはそれほど血を吸ったりはしない。

 僕が君島さんの血を吸う時も、景子さんの血を飲んだ時も、ほんの僅かだ。

 食欲のようにがっついたりはしない。あくまでも舐める程度の量だ。

 だから、僕と君島さんは、大量に血を飲むことなんてことない。


 だが、渡辺さんは続けて、こう言った。

「最初は、少量の血の飲んで満足していた吸血人も、次第に、多くの血を飲みたくなってくるらしい」

 その言葉に、それまで少しも動じなかった君島さんが、その手を僕の手に重ね、ギュッと握りしめた。

 そして、君島さんは、小さな声で。

「私、そうかもしれないわ」と言った。

 僕にはその言葉の意味が、「私は、もっとたくさんの血が飲みたい」そう聞こえた。

 僕たちは、変化している。

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