第76話 淫行事件のこと
◆淫行事件のこと
そして、渡辺さんは、こう続けた。
「ただの吸血人なら、かまわない。けれど、体内に『あいつ』が宿っている吸血人は要注意だ」
「あいつ」とは「あれ」のことか。
松村や、佐々木、そして、伊澄瑠璃子の取り巻きの二人の中にいる「あれ」。
「『あいつ』、って何ですか?」と僕が訊くと、
「君はまだ『あいつ』を見たことがないのかい? ほら、あいつが入っている人間は顔が変に見えるだろう」そうはっきりと渡辺さんは言った。
「穴が空いているみたいに見えますよね」
「そう、穴だ」と渡辺さんは言って「なんだ、君たちも知っているじゃないか」と続けた。
渡辺さんは僕たちの話が理解できる人だ、と思った。だから、
「僕の友達が、『あれ』を体内に入れられているんです」と話を切り出した。
「そんな人は大勢いるみたいだよ」
どうもそのようだ。しかし、
「でも、友達は放っておけない」僕は強く言った。
「屑木くんは、友達思いなんだな」
そんな言葉に、神城が「当たり前じゃないですか」と憤った。その通りだ。
「だから、体から、あれを出してもらうように伊澄さんに頼むつもりなんです」
そう神城が強く言った。
「君たちは、そんなことを目論んでいたのかい」渡辺さんは、信じられない! という顔をした。
「明日の放課後、伊澄さんの家に行く予定です。伊澄さんの方から、ゆっくり話がしたいと言ってきたんです」そう神城は渡辺さんに説明した。
「それは、好都合だな。僕も一緒に行っていいかい?」
渡辺さんがそう言うと、神城が僕に目配せして「屑木くん、いいの?」と訊いた。
神城の目を見ながら僕は「伊澄さんが、嫌がるんじゃないかな?」と答えた。「渡辺さんは初めてなんだし」
渡辺さんが「うーん。それもそうだな」と困った様子をすると、神城が、「明日、伊澄さんに言ってみるわ」と言った。
そんな了承を取り付け満足している渡辺さんに、
「渡辺さん、『あれ』は、いったい何なのですか? そして、伊澄さんは何者だと思われますか?」
ストレートにそう尋ねた。彼は何らかのことを知っていると思われるからだ。
渡辺さんは僕の質問に、「僕の知る限りのことでいいなら話すよ。但し、誤情報を含んでいる可能性があることは認識していて欲しい」と前置きし、
「まず、伊澄瑠璃子のことだが、なぜ、僕が彼女のことを知るようになったのかを説明しておかなくちゃならないね」
「渡辺さんはどうして、伊澄さんのことを知っているんですか? 学校の関係者ではないのでしょう?」と神城が言った。
そんな神城の質問に渡辺さんは、「僕は仕事上いろんな情報が耳に入ってくる。くだらない噂話や、一見、ガセネタに見えても、実は真実が見え隠れするような話もたくさんある。そんな中に、君たちの高校の話があった」
「それが伊澄瑠璃子にまつわる話だったんですね」と僕が言った。
「そう」と渡辺さんは言って、
「眉目秀麗な伊澄瑠璃子についてだ」と強調した。
この男は伊澄さんについて何か知っているのか?
「渡辺さん、教えてください。彼女は何者なんですか? そもそも人間なんですか?」と僕はせっつくように訊ねた。これまで誰も回答を持っていなかった。
僕の問いかけに渡辺さんは暫く沈思した後、
「僕の知る限りでは」と前置きし、
「彼女は、人間だと思う」と強く言った。
渡辺さんの言葉に、神城が「ええっ、本当ですか? 伊澄さんの行動って、かなりおかしいですよ」と疑うように言った。「人間じゃないみたい」
そう言った神城に君島さんが「ただの高慢ちきな女じゃないの」と付け足した。
それは違う、と思ったが、
では、彼女が人間ではなかったら、いったい伊澄瑠璃子は、何者だというのだ。
すると、渡辺さんは、「まず、伊澄瑠璃子の名前が、僕の耳に入ってきたのは、君たちの高校の淫行事件でだよ」と言って、「体育の教師の淫行があったそうだね」と問いを投げかけてきた。
クラスの大人しい生徒、津山静香さんが体育の大崎の性的対象になった事件だ。
「それは、たぶん体育の大崎先生のことだと思います」と僕が言うと、君島律子が「あの体育教師、大っ嫌い!」と吐き捨てるように言った。
それはそうだろう。君島さんは教室で、大崎に血を吸われそうになったのだから。
「その体育教師の話から、噂が学校の外へと広がったんだよ」と渡辺さんは言った。
大崎から、噂が学校の外へ流れた?
「どうしてですか?」
神城にはさっぱりわからない様子だ。僕も同じだ。
「その教師の淫行は、親の力で隠蔽されたと聞いている」
そんなことが外にまで流れているのか。
「そんな噂から、僕は、伊澄瑠璃子の存在に辿り着いたんだよ」と渡辺さんは言った。
「でも、大崎先生は、伊澄さんに淫行したわけじゃないわ。相手は、別の大人しい生徒よ」と神城が言った。
大崎は伊澄瑠璃子に淫行はしていない。そう思う。むしろ、大崎は彼女に「あれ」を入れられた被害者だ。
すると渡辺さんは「その大人しい生徒・・」と言って何か考え込むようだった。
そして、顔を上げ、
「僕が聞いたところによると、その女の子の名前は確か・・」と言いかけたので神城が、
「津山さんです」と言った。
名前は、本人のために出さない方がいいと思ったが、いずれわかることだ。
津山静香・・大人しく目立たない子だ。
話を交わしたことは一度もないが、一人でいつも本を読んでいる。そんなイメージのする子だ。その彼女に、あの大崎はいかがわしいことをしたと聞いている。しかもその事実を親の力を使ってねじ伏せた。
「あら、そうかしら?」
急に話に入ってきたのは、君島律子だ。
神城が気分を害し、
「何よ、君島さん! 津山さんは大人しい子じゃないの」と突っぱねた。
だが、君島律子は「そう見えるだけじゃない?」と言って冷笑した。
その様子を見ていた渡辺さんが、
「君島さんの言う通りかもしれないよ」と言った。「大崎を誘惑したのは、その津山さんだと聞いている」
「ええっ!」神城の顔に驚きの表情が浮かぶ。
君島さんは「ほら、ごらんなさい」と言いたげな顔になる。
津山さんのイメージが一瞬で崩れる。だが、それは僕たちが津山さんに勝手に抱いていたイメージだ。
本当だろうか? だが、何もない所に噂は立たない。
神城は暫く沈思していたが、
「でも、淫行は淫行でしょ。津山さんがいくら誘惑してきたからって、先生の立場で生徒の誘惑に乗ってはダメよ」と委員長らしいまっとうな意見を言った。
対して、君島さんは「ふん」とそっぽを向いた。
渡辺さんは「でも、おかしいな。彼女はそんな子ではなかったということなんだな」と小さく言った。神城が「そうですよ。津山さんはそんな子じゃないです」と念押しした。
もしかすると、
「これは僕の推測ですけど」と話を切り出した。「津山さんは、何かの催眠術みたいなものにかかっていたんじゃないでしょうか? それで普段おとなしい津山さんが、本意でないようなことをしたんじゃないかと思います」
「催眠術?」
そう言った渡辺さんのそんな顔を見ると、彼は伊澄瑠璃子の周囲にある結界や、催眠については詳しく知らないと思えた。
渡辺さんは「誰が、何のためにそんなことを?」と僕に訊ねた。「僕には理解できないな」
すると、君島さんが横で、話の流れに文句を言うように
「催眠術も何も、津山さんって、そんな女の子よ。過去にも男子が彼女に誘惑されたって、話を聞いているわ」と言った。
「君島さん、その話、本当なの?」と神城が訊いた。
「本当よ。なんで私がそんな嘘をついたりするの」とつっけんどんに君島さんが答える。
僕の見方が違ったのか。
ならば、話が全然変わって見えてくる。
だが、この話には絶対に、伊澄瑠璃子が絡んでいるように思える。
そして、伊澄瑠璃子は、「不純なものは嫌い」と言っていた。
それは、体育の大崎先生のことだと思っていた。
もちろん、彼女から見れば、大崎もその対象だろう。
しかし、伊澄瑠璃子の本命は、淫行の相手の津山静香だったのではないか。
僕は神城にこう言った。
「催眠にかかっていたのは、大崎先生の方だったんじゃないか?」
催眠の対象は逆だった。
元々性癖の良くない津山さんに、催眠を使って大崎が淫行するように仕向けた。
「ええっ、屑木くん、どういうこと?」
僕は「これはあくまでも僕の想像だけど」と言って、
「伊澄さんは、不純なもの、いや、不純な人間が大嫌いなんだと思う。だから、津山さんのような女性が標的になった」
僕はそんな推測を述べた。
「屑木くん、でもそれって、何のためにそんなことをするの?」と神城が言った。
すると君島さんが「嫌いなのよ。近くにいて欲しくないんじゃない? 誰かさんみたいに」と神城に当てつけるように言った。
「ちょっと、君島さん、それどういうこと? 誰のこと?」と返した。
そんな二人を見ながら、
「君たち、仲がいいんだね」と渡辺さんが笑った。
その言葉に、二人の心に火を点ける。
「そんなわけ、ないじゃないですか!」神城が怒り、
「ふん!」と君島さんが更にそっぽを向ける。
そんな様子を微笑ましく見ていた渡辺さんは、
「話はだいたい見えてきた。君たちに声をかけて本当によかったよ」と言った。
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