第33話 教室での出来事①
◆教室での出来事
「ちょっと、神城さん。私の話を聞いてよ!」
その大きな声は君島律子の声だ。
君島は、廊下で立ち話をしている神城と佐々木に声をかけている。
今回、僕はただの通りすがりとして、三人には目もくれず通り過ぎた。
つい先日、君島さんには変な話を聞かされたところだ。
あの美貌と神秘性を振りまく伊澄瑠璃子が取り巻く女子の数を調整している話だ。
どうせ、似たような話だろう。そう思い無視した。
後ろで、「やっぱり、おかしいわよ」と君島が大きく言っているのが聞こえた。あとで神城から話の内容を聞くことにしよう。
たぶん、君島律子の伊澄瑠璃子に対する、やっかみ、嫉妬の類だと推測した。
その場を去った後、
嫉妬・・嫉妬は醜い。そんな感情は不要だ。
そんな言葉が又、頭に浮かんだ。
それは伊澄瑠璃子が言っていた言葉のせいだ。
「私は・・汚らわしいものが大嫌いなのよ」
だから、そんなものは除去する。そんな信念が読み取れた。
「神城・・さっきの話・・君島さんの話は何だったんだ?」
休み時間、神城に尋ねた。
「ああ・・さっきの君島さんのことね」と言って「また、伊澄瑠璃子がおかしいっていう話よ」と君島さんのことを迷惑そうに言った。「彼女が言うには、授業中のことよ」
「授業中?」
「授業で、先生が生徒に当てる・・誰かを指名するじゃない・・この英文を和訳して、とか」
「それがどうしたんだ? 僕なんて、よく当てられるぞ。間違えた回答もよくする」
「おかしいらしいのよ」
「だから、何が?」
「伊澄さんに、先生は当てていないのよ」
教師が伊澄瑠璃子を指していない?
「そんなことはないだろ。昨日も、上里先生が指名していたじゃないか」
ちゃんと当てられている。
「それ・・女の先生だからよ」
「え?」
「男の先生は誰も、伊澄さんを指名しないらしいのよ。君島さんがそう言うから気になって見てみたの・・・さっきの数学の授業では男の杉山先生は伊澄さんを当てなかったわ」
「偶然だろ」
「じゃないみたいよ。君島さんが言うには」と神城は断定した。「君島さん、伊澄さんのことをずっとチェックしていたみたいよ」
「君島さんの執念だな」と僕は言った。
嫉妬から生まれる執念・・
やはり、褒められたものではない。
それに、そんなことに気づいてどうなるっていうものでもない。
神城は僕に「屑木くん・・もし、君島さんの言う通りだったら、おかしいわよね」と言った。
「おかしい・・おかしいけど、男の先生が当てたがらないのか、伊澄さんが上手くかわしているのか、それが分からない」
「それもそうね」と神城は言って「私、あんまり君島さんのこういう話、聞きたくないのよ」と続けた。
「同感だな」
巻き込まれそうだしな。
そんな会話をしていると、教室の扉がガラガラと開いて、
「さあ、みんな、席に着いて」上里先生が教壇に立ち、授業が始まった。
上里先生は女性だから、伊澄さんを指名することだろう。何の問題もない。君島のようにチェックする必要もない。
上里先生の綺麗な発音の英語を聴きながら、リーダーの頁をめくる。
黒板に英単語を連ねていく上里先生の後ろ姿を眺めていると、またおかしな感覚が体を襲った。
上里先生のタイトスカートに目がいく。そして、スカートの裾から剥き出たような脚に目が移る。君島の体を眺めた時と同じ感覚だ。
性的欲情ではなく、もっと深い欲望だ。そのぱんぱんに張り詰めた肉の中のものを全部吸い取ってしまいたい・・
それは、血だ。
そう思った瞬間、足が震え始めた。その震えで机がガタガタと鳴った。
なぜ、震える?
ああ・・・おそらく、血を欲する欲望を抑え込もうとするとそうなるのだ。そう解釈した。
この欲望を抑え込まないと、今すぐにでも教壇に向かって走り、上里先生に襲い掛かりそうだった。
そして、その脚や、胸に歯を当て、最後にはその喉元に・・
どうして、こんなことに・・
あの屋敷で黒崎みどりに、首筋を噛まれてからだ。その行為は、佐々木が飛び込んできて、中断されたが、少し血を吸われた・・そういうことか?
それだけのことで体にこんな異変が・・
そう思った瞬間、
背筋がぞっとした・・別の感覚が体を貫いたのだ。
血を欲する欲望ではなく、何から警戒せよ、そんな感覚だ。
何か来るぞ!
それは、まだ近くない・・しかし、それほど遠くもない。
けれど、僕にはわかった。
それは、よくないものだ。この場所、教室にとっての悪に思える。
廊下の床を擦りながら歩く音が聞こえる。
ずるっ、ずるっ、
歩幅が大きい・・大人の男だ。
べたっ、べたっ、
「おっ、おっ」
そいつが発する声まで聞こえる。どうしてこんなに聴覚が働く?
こちらに向かってくる・・教室に入ってくるのか?
「おおおっ・・おっ、おおっ・・」
くぐもった不気味な声、
心臓がドクドクと高く打った。
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