第32話 マット運動と平均台②

 白山あかねは相方の黒崎に褒められて調子づいたように何度も平均台の上で跳躍し、倒立前転や後転を繰り返した。

 そして、

「見て、みどり!」と言って、

 そのままジャンプしたかと思うと、前転宙返りを行おうとした。

 だが、

 次の瞬間、白山あかねは、

「あれっ?」

 と小さな悲鳴を上げ、平均台からストンと落ちた。

 低い平均台だが、変な落ち方をしたらしく首からマットに突っ込んでいる。

 僕の目には首がへしゃげてマットに埋もれているように見えた。

 だが、すぐに白山あかねは立ち上がった。


 上里先生がすぐに駆け寄り、「白山さん。大丈夫?」と言うなり、手で口元を押さえた。

 悲鳴が出るのを押さえているのだ。

 先生の視線の先・・白山あかねを見ると、

 白山あかねの首が真横に曲がっていた。

 完全に首の骨が折れている!

「きゃあっ!」

 一人の女子が大きな声を張り上げた。その声を機に次々と女子の悲鳴が上がった。

 黒崎みどりが白山の顔を指差して、

「あかね、その首・・」と震える声で言った。

「どうかしたの? みどり」

 首が真横に折れているまま、白山あかねは黒崎に近寄った。

 白山の目がくりくりと上下左右に動いている。

「ひっ!」

 近づいてくる白山に黒崎は後ずさりした。

 そんな黒崎に白山は、

「あれぇ、みどりの顔がおかしい・・横に見えるわ」と言った。

「おかしいのはあかねの顔よっ!」

 そう指摘された白山は頭に触れ、

「あら、本当だわ」と言って。

 自分の頭を両腕で掴むと、「えいっ」と声を出し、本来あるべき位置に戻した。

 ぐきっ、と鈍い音がしたが、白山自身は痛みを伴わなかったようだ。

「うふっ、みどりの顔が元通り・・真っ直ぐに見えるわ」

 そう言って白山は微笑んだ。

「あわわっ」黒崎は変な声を出し、腰が抜けたようにその場にへたっと座り込んだ。

 そして、

「あかねがそうなら、私も・・」とうわ言のように言った。「私も、骨がおかしくなっているんだわ」

 そう言った黒崎みどりの顔は顔面蒼白だった。

 おそらく黒崎は、相方の白山と同じように自分の体の異変を感じ取っているのだろう。

 そして、そうなった原因は、あの屋敷の出来事だ。 

 骨がおかしく・・それは、骨がぐにゃぐにゃに柔らかくなっている・・そう思えた。白山あかねの首の骨は、松村と同じだ。

 骨がどこまでも曲がっていく。


 上里先生はそんな白山あかねの様子を見て異常を感じたらしく、

「とにかく、白山さんは休んで、保健室に行きなさい」

 そう言って、黒崎みどりに保健室に一緒に行ってあげるように言った。

「もう大丈夫ですよ」と言う白山を黒崎は「一応、見てもらったら?」と言って保健室に引っ張っていった。


「屑木くん、さっきの白山さんを見たわよね」と神城が言った。

「ああ、見た・・首が折れていた」

「絶対におかしいですよね」

 佐々木奈々も近くに来ていた。

「だからと言って・・どうすることもできないよ・・それに・・」

「それに?」神城が僕の話を促した。

「おそらく、黒崎みどりの体も、いずれそうなる・・そんな気がする」

 そう僕は言った。

 更に僕は、

「あの二人、保健室に行ったんだよな?」と神城と佐々木に向かって言った。

すると佐々木奈々が「保健室には、あの吉田先生がいる・・屑木くんはそう言いたいのですよね」と言った。

「ああ」と返事をした後、

 僕は、「もしかして」と言って、その先を言い澱んだ。

 神城は「何よ、言いかけて。ちゃんと最後まで言いなさいよ」と強く言った。

「いや、これは僕の想像だけど・・あの屋敷に行ったのは、僕たちや、松村だけじゃない・・そんな気がするんだ」

「私たちだけじゃない・・」

「ああ、他にもいる」

 佐々木奈々が「私もそう思いますよ」と同調した。

「そして、さっきの白山のように骨がぐにゃっとなった生徒は他にもいると思うんだ」

「やだ・・それって、屑木くんの想像でしょ?」

「想像だけど・・もし想像が当たっていたら、そんな生徒は白山みたいに保健室に行ったのかな?・・ってそう思った」

 神城はしばらく考えた後、

「そんな人はみんな保健室に行く・・」と言った。

「保健室には吉田先生がいますよね」佐々木が続けた。


 そう、保健室には女医の吉田先生がいる。

 鏡に映ったその顔・・僕と佐々木はその腐ったように見えた顔を目撃している。

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