第453話 ある噂④

 もしそうだとすれば、ある意味、僕と同じだ。

 僕は、振られるどころか、出したラブレターをクラスの女の子を介して一般公開されたし、電話の告白でも、「めいわく」と強く言われた。「もう二度と電話をかけてこないでください」そんな口調で突っ撥ねられた。

 僕はそんな過去を消したかった。

 告白をなかったことにしたかったのは、和田くんと同じだが、僕の未熟だった恋よりはよほどいい。和田くんがちょっと羨ましい。

 和田くんの場合、望みがありそうだし、少なくとも僕の中学時代の初恋よりはよほどいい。

 だからというわけではないが、僕は和田くんを応援する。いや、二人を応援する。

 がんばれ、和田くん!

 

「和田くん。早く、告白して付き合えよ」

 僕はそう言いたかったが、そうは言わず、その代わりに、

「ぐずぐすしていて誰かにとられたりしたらどうするんだよ」と急かすように言った。

「それは困るよ!」和田くんは驚いたように言った。

 おそらく、そんなことは考えてもみなかったのだろう。

 和田くんの顔を見ていると本当に焦り出したようだ。誰かに奪われる、という状況は彼の想定外だったみたいだ。


 そんな他愛もない話をしていると、近くの男子連中の会話が耳に飛び込んできた。

「あいつさあ、告白したらしいぜ」

 あいつと言うのが誰か分からないが、「告白」と聞いて、僕はいつものように水沢さんを連想した。水沢さんに無謀にも告白し無残に散っていった男たちは大勢いる。

 けれど、今回は違うみたいだ。

「よりによって、あいつが告白したの、あの加藤だぜ」

 加藤の名前を聞いて、少しドキッとした。

 どこの誰なのかは知らないが、加藤に告白したのか・・

 それにしても「あの加藤」という言い方が聞き捨てならない。

 僕の関心が和田くんから一気に男子連中に移った。


「それ、本当かよ?」

 僕の気持ちを代弁するように男子の一人が言った。

「本人が言っていたから間違いない」

 誰かがそう言うと、咳を切ったように加藤の悪口が広がった。

「あいつ、女の趣味が悪いな」

「俺、加藤には女を感じないけどなあ」

「俺も!」

 飛び交う言葉の全てが加藤という女の子に対する侮辱だ。

 その噂を嗅ぎつけた男子たちが、追い打ちをかけるように悪い言葉を増やしていく。

「世の中、物好きが多いからなあ」

「ああいう奴がいるから、世界が公平に保たれているんだぜ」

 何が「世界が公平」にだ。聞いていると無性に腹が立ってくる。

 ちくしょうっ、我慢できない。握り締めた拳に力が入り、今すぐにでも誰かに飛び掛かりそうになる。


「それで告白の結果はどうなったんだ?」

 その問いかけに誰かが、「それがさあ・・」と言いかけた時、

 体育の男教師が入室し、「早く体育館に行くように!」と、大きな声で指示した。

 そのせいで耳を澄ませて聞いていた会話が途切れた。

 加藤に告白した奴が誰なのか、そして、その結果がどうなったのか、知りたい情報が全て消えた。


「鈴木くん、どうかしたの?」

 和田くんの声掛けにハッとした僕は、現実に引き戻された。

「どうもしないよ」僕は和田くんに言った。

 それでも和田くんが僕の顔を覗き込んでいる。

「何だか、顔色が悪いよ」

 よほど僕の様子がおかしかったのか、和田くんが心配そうに言った。気づくと、暑くもないのに全身に汗をかいているのに気づいた。

「そ、そうか? 何でもないよ」

 僕は頭を強く振った。

 和田くんも、男連中の噂話を聞いていたのか、「それにしても酷い言い方だよね」と非難した。

 おそらく和田くんは、加藤ゆかりとはそれほど親しくはない。そんな彼が酷いと言うくらいだ。よほどの言葉なのだろう。 

 和田くんは彼らを非難した後、「でも・・」と一呼吸付いて、

「鈴木くんは、水沢さんのことが好きなんだよね?」と真顔で訊いた。

 僕が応えないでいると、

「僕の事を心配するより、鈴木くんこそ、ちゃんと告白した方がいいと思うよ」

 和田くんはそう言って、「それこそ、誰かにとられちゃうよ」と続けた。

 彼にして珍しく的をついた言葉だった。

「そうだな」

 的確なアドバイスには、ちゃんとした返事ができない。僕はそんな男だ。

 それに・・

 和田くんと話しながら僕は思っていた。

 僕は、中学時代に石山純子に告白して以来、誰にも告白していない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る