第452話 ある噂③
ついこの前、和田くんは小清水さんに告白している。
だが和田くんが告白した瞬間、小清水さんの人格は隠れ、多重人格の一人であるヒカルが姿を現した。そして、「沙希は隠れたよ」と和田くんに告げた。
最初、僕はこの現象について、こう思っていた。
和田くんに告白された小清水さんは、そのショックで頭が混乱した。ショックを受けたのは、それが意外だったのか、もしくは和田くんそのものを受け入れられなかったのか。
いずれせよ、小清水さんの心の許容を超えてしまったのだろう。そして、その対応をするべくヒカルという強い人格に交替した。
つまり、彼女にとって和田くんの告白は望まれるものではなかった、そう思っていた。
けれど、最近の二人を見ているとそうでもないみたいだ。この前は三宮のセンター街で一緒に歩いていたし、小清水さんを見ていると和田くんの存在を受け入れているように見えた。
全く分からない!
和田くんは僕の問いかけにすぐに反応し、
「とんでもないよ」と強く言って、更にぶんぶんと頭を振った。
「とんでもないとは?」
「小清水さんとつき合うなんて、『恐れ多い』ということだよ」
随分と大袈裟な言い方だな。
「どうして、恐れ多いなんて思うんだ?」
「だってさ、彼女、成績もいいし、特に英語とか速水部長より上だし、それに何より文学に詳しいんだ」
和田くんは続けて、「それに翻訳文学もたくさん読んでいて、僕みたいな人間には付いていけないよ」と言った。
そして、こう続けた。
「僕は小清水さんを尊敬しているんだ」
「尊敬?」
「そうだよ・・尊敬だよ」
うーん、よく分からないが、
「つまり、小清水さんは素晴らしい女性だから尊敬している、よって、つき合うのはとんでもない・・そういうことなのか?」
僕が訊ねると和田くんは「そうそう」と頷いた。
「ちょっとそれ、考え方がおかしい気がするけど」
他の恋愛については知らないが、少なくとも、和田くんが小清水さんを尊敬しているとしても、それは恋愛の壁にはならない気がする。
けれど、和田くんは考え方が人と違うようだった。
「僕は小さい頃からお父さんに言われているんだ。『人から尊敬される男になれ』って」
「その話・・恋愛とはまた違うんじゃないか?」
「同じだよ。僕は小清水さんより、尊敬という点で劣っているんだ。だから、小清水さんには相応しくないんだよ」
ややこしい奴だな。
言わんとしていることが分かるけど、そんな事を考え出したら、何も前に進まないぞ。それに、もう二人は充分つき合っているんじゃないのか?
和田くんは持論を述べた後、
「でも・・僕は小清水さんに嫌われてはないみたいだ」と、断定するように言った。
その後、妙な照れ笑いを浮かべた。その言葉を引き出してくるのにかなりの勇気を要したように見えた。
「そうか」
「うん、嫌われてはいないよ」和田くんは繰り返し言って再び独特な笑顔を浮かべた。
その笑顔が若干気持ち悪いが、
少なくとも、彼の話を聞く限り、告白はなかったことになっているように思えた。
これは推測だが、和田くんは告白を封じ込めたのではないだろうか。
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