第451話 ある噂②

 確かに川端康成の描く少女は可愛い。それは氏の趣向が作品に表れているからだと思う。

 これは「雪国」の読書会が楽しみになってきたな、と思っていると、

 和田くんは僕の顔を見て、

「葉子さんていう少女・・どことなく小清水さんに似てるよね」と確認を得るように言った。

 僕は思わず、「そっかあ?」と返した上で「あの美少女は、かなり幻想的だぞ」と言った。

 小清水さんはあまりにも身近なので、作中の幻想的なヒロインという雰囲気ではない。だが、和田くんにとってはそうではないのだろう。

「絶対に似ているよ」

 和田くんは僕の考えなど受け付けない勢いで断言した上で、

「だって、急に乙に澄ました文学少女になったかと思えば、口の悪い不良娘になるじゃないか」と言った。


 えっ・・

 まさか、和田くんは小清水さんの多重人格を認識していないのか? 

 嘘だろ、あれだけ色んなパターンに遭遇してきたのに、分かっていなかったのか。

頭が混乱した。

 もしや和田くんは、ミズキやヒカルが、小清水さんの一人芝居だと思ってやしないだろうな。いや、あり得る。和田くんは天然なところがある。そう思っていたとしても何ら不思議ではない。

 又は知らない振りをしている、とも思ったが、彼の場合はそれはなさそうだ。

 それに今の言い方、失礼だぞ。「乙に澄ました文学少女」とか「口の悪い不良娘」とか・・それ、本人に言うと嫌われるからな!

 

 そう言えば、多重人格者の一人のミズキは僕にこう言っていた、

「私、ずっと沙希を見てきたけれど・・和田くんで大丈夫だと思うわ」

 あれは、そういう意味だったのか。

 確かに、和田くんは小清水さん本人格はもちろんのこと、他の人格者であるミズキやヒカルのことも大好きだ。彼なら小清水さんを受け入れてくれるかもしれない。

 そう思っていたが、それ以上に和田くんは、ミズキやヒカルも含めて小清水さんを一人の女の子としていている。それも純粋にだ。

 僕みたいに深く考え、心配し過ぎるのもよくないのかもしれない。彼女と距離と置くよりも和田くんみたいに包み込むような人間の方がいいのかも。

 だが、それでいいのか?

 不安がないでもない。やはり多重人格は精神病だ。和田くんはそれを踏まえなければいけない。


「そ、そうだな」

 僕はあやふやに返事をしたが、やはり、「雪国」の少女と小清水さんは似ても似つかない。

「雪国」の美少女の葉子は、危うい感じがするし、その心も病的な感がある。けれど、多重人格者ではないし、ましてや突然、超文学少女や不良娘に変身することもない。

 和田くんの勝手な妄想だ。

 けれど、男女って、そんな妄想や勘違いから始まって、本当の愛に辿り着くものなのかもしれない。

 今は和田くんの妄想を大事にしたい気もする。

 ・・いや、やっぱり不安だ。


 結局、和田くんと小清水さんの関係はどうなっているんだ?

「あのさ、和田くんは・・小清水さんとつき合っているの?」僕は訊いた。

 もしつき合ってるのなら、それなりに気を遣わなくてはならない。例えば、小清水さんとあまり親しくするのはよくない。特に和田くんの前ではいけない。僕の見る限り、和田くんは嫉妬深そうだ。 

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