第450話 ある噂①

◆ある噂


 年頃の男子たちは好き勝手に話題を出すものだ。

 特に女生徒の目がないと、話は加速して更に花を咲かせる。

 今もそうだ。

 体育の授業を終え、着替えていると、

 あちこちで、流行のゲームの話や、好きなアイドルの事などの雑多な話が飛び交っている。加えて女子の目がないので、猥談などは話し放題だ。

 もちろん、影の薄い僕や和田くんはその輪には入らない。かといって和田くんと二人で話し込むこともない。

 和田くんの方もそうだと思うが、影の薄い者同士が慣れ合うようにしゃべっていると、お互いの傷を舐め合っているいるように思われるからだ。二人ともそう見られるのがイヤで、距離を置いている。

 仮に話したとしても話題が続かない。

 例えば、和田くんが寄ってきて、

「鈴木くん、今日は寒いね」と話しかけてきても、「そうだな」と返してそれっきりだったり、逆に僕が和田くんに、

「最近、何か面白い本はあったか?」と訊ねても、

「全然ないよ」と愛想のない返事が返ってくる。お世辞にでも何か一冊は言って欲しいところだ。

 つまりは、僕と和田くんはクラスでの立ち位置は同じでも、親しい間柄ではないということだ。話が繋がらないし、会話がもたない。

 そもそも彼が僕に近づいた理由は、小清水さんと仲良くなりたいがために、文芸部に入部するきっかけが欲しかったに過ぎない。

 となると、その目的は概ね達成されたというべきだろう。最近の和田くんを見ていると本当にそう思う。

 つまりは僕は用済みというわけだ。寂しいやら嬉しいやら。


 だが今日は少しだけ違った。

 和田くんは僕の近くに来て、シャツに手を通しながら、「今度の『雪国』の読書会、楽しみだね。今度は、鈴木くんが司会なんだよね」と切り出した。

「司会はしんどいけどな」

 僕がそう返すと、和田くんは何やら興奮気味で、

「『雪国』に出てくる美少女の『葉子』さんて、可愛いよね」と言った。少し気持ち悪い口調だ。

「そうだろ。僕も最初読んだ時、そう思ったよ」

 大勢の男子が着替えている中、その話題はひどく不似合いだったが、珍しく和田くんが振ってきた読書の話題だったので思わず僕は声を上げた。

 それには僕も同意だった。珍しく二人の感性が一致した瞬間だった。

 これは喜ぶべきことなのか? うーん・・思わずみ首を捻る。微妙だ。

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