第363話 克服④

 その後、長時間座っていたのが疲れたのか、両手を上げ、伸びをした。

 そして「疲れたけれど、すごく楽しかったわ」と言った。

 僕は、「水沢さん」と言って、一呼吸置き、

「もう能力が無くなったってことはないの?」と訊いた。

 心を閉ざすことに成功はしたが、もうこれっきり能力が消えてしまったということはないのだろうか?

 僕の問いに水沢さんは「うーん、どうかしら?」と首を傾げた。そして、

「なくなったかどうか、試しにまた鈴木くんの心を読んでいい?」と訊いた。

 ええっ!

「それはまずいよ」僕は激しく抵抗した。

「第一、今は何も考えていない。ここでこうして水沢さんと話しているだけで、他の事なんて何も考えていないよ」

 水沢さんは僕の慌てる様子を見て、「うふふっ」と笑い、

「大丈夫よ。今は、鈴木くんの心は入ってきていないわ。慌てるのが少しおかしかったけれど」と言った。

 そして、

「こうしてこれからも、流れ込んでくるのを抑えることができるかもしれないわ」と言った。

 僕には分からない。水沢さんがどうやって人の心を読まないように制御できるのか。

「ずっとそうだったらいいね」と僕は言った。

 無責任な言葉だと思うけれど、本当に分からない。自分の透明に関することだって分からないことだらけだ。

「そうよね、先のことなんて分からないわよね」水沢さんはそう言った。

 その後、何か思いついたように、

「私ね、一つ分かった事があるの」と切り出した。

「何が?」と訊ねると、僕の飲み干した缶を見て「貸して」と言って、自分の缶と一緒に近くのゴミ入れに入れた。

 再びベンチに腰かけた水沢さんは遠くを見ながら、 

「私、鈴木くんといると楽なの」と言った。

「楽?」

「疲れない、っていうか・・」と言って、首を振り「ううん、そうじゃないわね」と小さく言って、

「安心して、一緒にいれるの」と言い直した。

 それって、すごく嬉しい言葉のような気もするけど、僕の方は安心できない、と思っていると、

「でも、鈴木くんの方はそうじゃないのね」と寂しそうに言った。

 僕が次の言葉を探していると、

「あ、そうそう」と思い出したように言って、

「あの人、鈴木くんを見ていたわよ」

「あの人って?」

「石山純子さんよ」

 水沢さんがそう言ったので、

「知ってるよ。将棋が終わって出ていく時、彼女と目が合ったから」と返した。

「ううん、違うの。その時じゃない」

 水沢さんは首を振って、

「鈴木くん、一度、外に出て行ったでしょう? その時、石山さんが鈴木くんのことを見ていたわよ」

 水沢さんは、僕が途中退場したことに気づいていたのか。

「他の人に目をやっていたのかもしれないよ」

「違うわ。別に心を読んだわけじゃないけど、それだけは分かったわ」

 僕の存在に気づいたのは、将棋が終わった時ではなかったのか。

 けれど、何時の時点で僕の存在に気づいていたとしても、何の問題もない。

 もう彼女に出会うこともないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る