第362話 克服③
僕は水沢さんに告白はしていないが、
水沢さんと話す度に、肝心な話がいつもそれてしまう。
「鈴木くんだけが、私を好きじゃない」とか言われたことがあったし、つい最近などは、「私、鈴木くんに嫌われているのかな?」とか言われたりした。
「鈴木くんだけが、ただのお友達として、私を純粋に見てくれていることが分かったの」
そのどれもが、的外れだ。
ワザとではないかと思うくらいに、外してくる。本当に心を読んでいるのか? と思えるくらいだ。
だが、本当にそうなのだろうか?
今の水沢さんなら、今の僕の心をどんな風に読み取るのだろう。
水沢さんは話し終えると、スッキリした表情で、
「それで、鈴木くんの訊きたいことって、何だったの?」と訊いた。
「僕が訊きたかったことはその事だったんだ」
「同じ話だったのね」水沢さんは嬉しそうに言った。
「僕は水沢さんに勝って欲しかった」
相手の心を読まずに勝って欲しかった。僕はそう言った。
「石山さんに?」
「うん」
「どうして?」水沢さんは真顔で問うた。
そう訊かれると困る。特に彼女に対する復讐心でもないし、初恋の決着でもない。
「僕が石山さんを応援したりしたら、水沢さんは怒るだろ?」
「それもそうね」水沢さんはクスクスと笑った。
すごく当然のことを言って何故か楽しかった。
水沢さんは対局中の石山純子について語った。
「将棋の次の一手が何なのか、それは入ってくることはなかったけれど、石山さんが一生懸命なのは伝わってきたわ」
「どんな風に?」興味が湧いた。
恋愛に関係する話ではないが、石山純子の心の中を知る機会などそうそう訪れるものではない。
「彼女、すごくプライドが高いと思うの」
石山純子のプライド・・そんなことは考えたこともなかったが、ずっとトップを走り続けてきた彼女のことだ。そんな心が生まれ、そして強くなったとしてもおかしくはない。
僕は水沢さんを前にしているが、対局中の石山純子が何を考えていたのかを知りたかった。だが、将棋の事が流れてこなかったのだから、その心は分からないだろう。
「だから、絶対に私に負けたくなかったと思うの」と水沢さんは言った。
対局が終わった時、石山純子はその悔しさを悟られたくなかったのだと思う。懸命に平静を装おうとしていたのかもしれない。ましてや、過去に振った男に顔を見られたくはなかっただろう。僕に見られることは彼女なりの屈辱だと思う。
いずれにしても、水沢さんが勝って良かった。
「他には?」と訊ねると、
水沢さんは、「それだけよ」と笑って、
「だって、彼女の心が入り込まないようにしてたから」と言った。
しばらく静かな時間が流れた。
時折、僕と水沢さんの取り合わせを珍しいも物でも見るように眺めながら通る人がいたけど気にならなかった。
それよりも水沢さんと過ごす貴重な時間を楽しみたかった。
僕の耳には、足元を流れる枯葉の音と、水沢さんの息遣いだけが届いた。
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