第361話 克服②
話が進むと、水沢さんの言ったコントロールや制御というのは、水沢さんの不思議な能力・・人の心を読む力についてだった。
水沢さんはこれまでは人の心が勝手に流れ込んできたと言っていた。知りたくない事でも嫌らしい事でも、お構いなしにどんどん流れ込んできた。
けれど、今日は違った。
水沢さんは自分の力で石山純子という女の子に勝ちたかったのだ。
その為には、石山純子の心が流れ込んできてはいけなかった。そんな勝ち方をすれば何もならない。
水沢さんは石のように心を閉ざした。
いつも開いていたような心のドアを閉めたのだ。水沢さんは将棋盤だけに集中した。
「お父さんと差す時は、流れ込んできたお父さんの先の手を読んだりしていたの。ずるいけど、仕方なかったわ。勝手に流れ込んでくるんだもの」
水沢さんはそう言って、
「でも私、今回は石山さんの心を読まなかったわ。勝手に、流れ込んでくることもなかったの」と強く言い切った。
水沢さんは、自分の能力の制御に成功したのだ。
こんな時、何て言えばいいのだろう?
やっぱり、「おめでとう」か?
ああ、なんて僕は言葉が少ないんだ。将棋に勝っても「おめでとう」。水沢さんが能力を克服しても同じ言葉しか言えない。
「鈴木くん、ありがとう」
僕より先に水沢さんが嬉しそうに言った。気がつくと、お互いの腕が触れ合うような距離になっている。水沢さんの芳しい匂いに触れたような気がした。
「僕は何もしていないよ」
制御したのは水沢さん自身の力だ。
「私、こんな気持ちになったのは久しぶりなの」
水沢さんは、「大袈裟だけど、こんな昂揚感を感じるのは、子供の時以来なの」と言った。
彼女は、自分の異常な能力のせいでずっと悩んできた。でも、今回を機にその能力を変化させることができた。
「その機会を与えてくれたのは、鈴木くんなの」と言った。
機会・・僕の初恋の相手である石山純子と将棋をしたことか、水沢さんの能力を変えるきっかけとなったのか。
「僕、少しは水沢さんの役に立ったんだね」僕はポツリと言った。
「少しなんてものじゃないわ」水沢さんは強く言った。
水沢さんが自分の能力で悩んできたことを僕は知っている。
子供の頃のことや、両親のこと。最近では父親の浮気のこと。
そして、男子のイヤらしい目線のこと。
それ故に、水沢さんはいろんな男子に告白されても首を縦に振らなかった。
「こんな話をしたの、鈴木くんが初めてなのよ。ゆかりにも話していないわ」
水沢さんは以前そう言っていた。
何かのきっかけが機会を生み、偶然が重なり、僕と水沢さんを近づけた。
だが、僕は思う。
いくら話す機会が増え、こうして距離が近づいても、
僕たちの心の距離は近づいてはいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます