第358話 対面②

 石山純子は、文芸部員たちからくるりと姿勢を替え、

 水沢さんに向かってニコリと微笑んだ。

 何か言うのかと思っていると、それだけだった。

 そして、石山純子は僕の顔を認めると、少し驚きの表情を見せたが、会釈一つせず、少し眉間に皺を寄せた。イヤなものを見た。そんな表情だった。

 彼女には、仮にも同じ一年間を過ごしたクラスメイトだという意識など持っていないのだろう。

 あの冷ややかな瞳・・あの時の目だ。

 ラブレターを手渡した時の石山純子の冷たい瞳を今も憶えている。

 彼女にラブレターを渡そうとした時、僕は無様に転び、手紙は僕の手を離れ、彼女の靴の下に滑り込んだ。

 石山純子は「何ですか、これは?」と言って手紙を拾い上げた。手紙には彼女の靴跡がついていた。そして、手紙を見た彼女の表情が一瞬で変わった。

 あの時の迷惑そうな表情は絶対に忘れることが出来ない。今も心の奥底に残滓のようにこびり付いている。


 そして、僅かな時間が過ぎ去ろうとした時、

 あれ?

 ほんの一瞬だったが、石山純子は僕に向かって、

 ほんの少し首を傾け、僅かに微笑んだように見えた。

 誰かの詩・・

「ほんの少し首をかしげて微笑む癖を憶えています・・」そのままの情景だった。

 ああ、僕はこの笑顔が好きだったんだ。中学時代、僕が書いていた詩は、この笑顔ばかりだった。

 だが微笑みは一瞬だけだった。次の瞬間には、彼女は一人静かに部室を出て行くのが見えた。同伴者もいなかったみたいだ。

 僕たちの横を通り過ぎていく瞬間、微かに彼女の香りがした気がした。実際の匂いではない。それは懐かしい中学の時のノスタルジーのようなものだ。

 石山純子は僕が水沢さんといるのを見ただろうか?

 今まで将棋をしていた相手が僕の知り合いだと知って、驚きはしなかっただろうか。


 石山純子が出て行くのを皆で見送っていると、

「相変わらず、無愛想な子だねぇ」と榊原さんが言った。

 続けて、小川さんは、「私のことなんて完全に無視ですよぉ」と言った。

 たぶん、二人とも彼女のことを余り快くは思っていないのだろう。

 榊原さんは、僕の脇腹をちょんちょんと小突き、「鈴木くん、石山ちゃんと話さなくてよかったの? 同じ中学だったんでしょ」と、この状況を愉しむように言った。

 そんなの恐れ多いことだ。彼女とはろくに話したこともないし、逆に付きまといのようにも思われている。

「僕は石山さんに嫌われているんです」と僕は言った。

 僕の言葉を傍で聞いていた水沢さんが、「えっ、そうなの?」と意外そうな顔をした。僕が振られたことは話したはずなのに。

 水沢さんにとっては、「振られた」と「嫌われている」とは違う意味なのか。

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