第357話 対面①
◆対面
榊原さんは、僕の後ろに目を向けると、
「おっ、石山ちゃんのお帰りだね」と言った。
ドキッとして振り返ると、石山純子が向かってきた。
「石山!」
真山さんが呼び止めるように言った。石山純子は真山さんたちを認めると出口に向かわずこちらに近づいてきた。
ふわふわした感じの独特な歩き方だ。彼女の仕草もよく憶えているが、歩き方も懐かしい。
中学生の時と比べ、背丈も高くなっているし、体つきもより女性らしくなったように見える。
もちろん彼女が近づいてきても、僕は彼女を正視できないし、挨拶を交わすことなんて絶対にできない。
話すどころか、こんな時にこそ透明になって逃げ出したい気もしたが、そんなことはできない。ここには水沢さんがいるし、神戸高校文芸部員たちもいる。かといってこの場に物凄く居づらい。もっと早く部室を出ていればよかったと後悔した。
石山純子は、僕たち・・いや、同じ高校の真山さんたちを見つけると、少し首を傾け、ニコリと微笑んだ。少し疲れた表情だが、その絵に描いたような微笑もよく憶えている。
僕は彼女の笑顔を思いだし、詩を書いたりしていた。
中学三年・・彼女の笑顔が僕の全てだった。
「石山、いい対局だったよ」真山さんが声をかけた。
すると石山純子は、「疲れました」と微笑み、
「私の完全な負けです」と言葉少なに言った。
「石山ちゃん、頑張ったねぇ」榊原さんが言うと、
石山純子は何も言わず、肩をすくめた。
肩をすくめる仕草は何度も見たが、そのほとんどは、教室での後ろ姿のものだった。こうして前から見るのは初めてだ。
真山さんたちが親しげな口調で言うのに対して、石山純子の方はそうでもない。文芸部員たちにあまり関心を寄せていないみたいだ。それが分かっているのか、阿部や森山、そして小川さんも何も言わない。
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