第349話 二人③

「君は、さっき、私の父に挑んだよね? いや、正確には、そこのお嬢さんを守る為かな?」

 和田くんはヤヨイの言葉をそのまま言った。和田くんが小清水さんを守る為にとった行動を指したのだろう。

 和田くんは続けて、「あの女の人はこう言ったんだ・・『別にそのことをとがめるつもりはないよ。私の父も気性が荒いからね。それに君も彼女を守る騎士気取りだったんだろう?』」

 そのままだ。ヤヨイという女は正確に状況を見ている。

「和田くん、女が言っていたのは、それだけか?」

「違うよ。問題はその後だよ。あの人、変なことを訊ねるんだ」

「変なこと?」

「・・君に、体が透明になる友だちはいるかい? って、そう言ったんだ」

 血の気が引いていくのが分かった。やはり僕が彼女に感じたのは本当のことだった。決して大袈裟ではなかった。

 あのヤヨイという速水さんの義姉は普通じゃない。


「それで和田くんは彼女に何て答えたんだ?」

「そんなの知らない、って言ったよ。透明人間になる友だちなんて、普通いるわけないじゃないか」和田くんは強く返した。

 いや、透明人間はここにいるんだけどな。友だちじゃないけどな。

 和田くんは、「あの女、頭がいかれてるんじゃないのか?」とぶつぶつ言った後、

「あんな怖い顔の女、関わりたくないよ」と言った。

 確かにそうだ。それが普通の感情だ。僕だって関わりたくない。

 キリヤマもそうだし、速水さんの義姉のヤヨイも普通に学生生活を過ごしていれば、決して出会うことのない人種だ。

 だが、僕は彼女に射すくめられたようだった。

 実際には僕の姿は見えていなかっただろうが、彼女なりに僕の存在を認めている。


「鈴木くん」小清水さんは疲れたような顔を上げ、

「速水部長・・つらいんですよね」と言った。

 その意味は、速水沙織があのような連中と同居していることを言ったのだろう。

 けれど、小清水さんだって、多重人格の問題を抱えてつらいのに・・

 ああ、小清水さんはこういう優しい子なんだ。だから、僕も彼女を守りたくなるし、和田くんだってそうだろう。


 でも、今は僕はここに留まってはいられない。僕は行かなければならない。

「じゃ、僕は行くよ」

「鈴木くん、何処に行くの?」小清水さんが訊ねた。

「将棋部の部室・・」

 そして、その後にも行かなければならない場所がある。


「青山先輩は探さないの?」和田くんが訊ねた。

「いや・・青山先輩はたぶん・・もう校内にいない」僕は強く言った。

 そんな気がする。青山先輩は僕と水沢さんを引き合わせる為に僕を誘ったのだ。

「鈴木くん、将棋が好きだったの?」小清水さんが静かに訊いた。

 僕は、「水沢さんが将棋をしているんだ」と正直に言った。初恋の人の石山純子と水沢さんが将棋をしているんだ。

 その言葉を聞いた小清水さんは「そう・・」と小さく言った。

 小清水さん、僕は今、青山先輩ではなく、水沢純子と行動を共にしているんだよ。


「えっ、水沢さん?」和田くんが驚いた顔をして、

「鈴木くんは水沢さんと一緒にいるの?」と訊いた。

「そうだけど」と僕は言って、「でも、和田くんが想像しているようなことなじゃないし、水沢さんとはそんな関係じゃない」と続けた。

「和田くん、小清水さんを頼んだぞ」僕は心の中で言った。

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