第348話 二人②

 ああ、そうか・・

 小清水さんには、あの時の記憶が刻み付けられている。

 須磨海岸でキリヤマと遭遇した時、小清水さんは僕を助ける為にヒカルになった。小清水さんは無意識にヒカルを呼んだのだろう。

 だが、僕はヒカルとなった小清水さんを抱き留め元の状態に戻すことに成功した。

「君はこんな風になってはいけない。君の本当の姿は一つだけ・・君は優しい人なんだ」

 僕は心の中で小清水さんに呼びかけ続けた。

 僕の心が通じたのかどうか分からないが、小清水さんはヒカルから小清水沙希に戻った。

 僕は、人の思いは通じる・・そう思っている。


 和田くんが不可思議な顔をする中、

「でも、鈴木くん」小清水さんはきつい目線を僕に送り、

「ダメですよ。人を殴ったりしては」と戒めた。

 小清水さんと不良娘のヒカルは、全く違う考えを持っているんだな。

 でも根っこの所では同じだ。二人とも優しい。

「小清水さん、ごめん。僕は感情に流されるところがあって・・今度から注意するよ」と僕は言った。

 でも、制御できなくなったら、ごめん。

 いつか、そうなる。僕はそんな気がしていた。

 それは自分の為なのか、それとも僕の好きな人の為なのか。


 僕と小清水さんの会話を聞きながら和田くんが、

「小清水さん、鈴木くんのお母さんみたいだな」と言った。

 そして、「おかしいなあ、鈴木くん、あそこにいたかなあ」と言って立ち上がり、

「まさか、あの時の・・」とぶつぶつ言いながら僕の胸に手を伸ばしてきた。

「おいっ!」

 僕は素早く和田くんの腕から身をかわした。和田くんは有馬温泉で透明化した僕の胸を触って以来、何かにつけて僕の胸を触ったり、揉んだりして確かめようとしている。

 その後、和田くんは思い出したように、

「そう言えば、鈴木くんは青山先輩と一緒じゃなかったの?」と訊いた。

「実は青山先輩とはぐれたんだ」

 本当のことは言えない。青山先輩が気を利かして、僕と水沢さんを会わせるようにしてくれたなんて言えない。恥ずかしい。

「鈴木くん。早く、青山先輩を探さないと・・」

「そうだな」うまい言い訳も思いつかない。

 本当のことを言おう・・と思った時、和田くんが、

「あいつ、速水さんの養父なんだよね」と訊ねた。

「和田くんもあのキリヤマという男には須磨の海岸で出会っただろう」

「男の方は知っているけど、女の人は速水さんのお母さんだよね」

「たぶん、そうだ」

 僕が答えると和田くんは、

「じゃあ、あの若い方の女の人は誰? 鈴木くんは知っているのかい?」と和田くんは訊いた。

 おそらく、それは速水さんの義姉のことだろう。だが、なぜ和田くんは僕に訊くのだ。

「綺麗だけど、怖い顔の女の人」和田くんは続けて言った。

 言い当てて妙だ。確かにそんな顔だ。

「どうして、そんなことを訊くんだ?」僕は言った。

「僕、さっき訊かれたんだ・・」和田くんは小さく言った。

「えっ?」

 訊かれた、って和田くんはヤヨイと話をしたのか!

「何て訊かれたんだ?」

 怖い! 和田くんの次の言葉が怖い。

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