第347話 二人①

◆二人


 再び、露店の並ぶ通りに出た。

 既にキリヤマの姿はない。当然、その連れである速水さんの母親も義姉のヤヨイの姿もない。

 辺りを見渡すと、小清水さんと和田くんが人混みを避けるようにベンチに仲良く座っているのが見えた。小清水さんは少し疲れているようだ。

 小清水さんは不良娘のヒカルから、元の仏の小清水さんに戻っている。その顔を見れば分かる。

「和田くん、大丈夫か?」僕は二人に駆け寄り声をかけた。

 和田くんは僕の顔を見ると安堵の表情を見せ、「どうもこうも何も」と息を継ぎながら、

「・・死ぬかと思った」と大袈裟に言った。

 小清水さんは僕に気づくと、

「鈴木くん」と言って、「大丈夫だった?」と訊ねた。

 小清水さんは僕のしたことを見ていたのか? 

 多重人格のヒカルには僕の姿が見えない。けれど、小清水沙希の状態であれば、僕の姿がおそらく見える。僕がキリヤマを殴ったりした時には、小清水さんは元に戻っていたのかもしれない。

「小清水さんこそ、大丈夫か?」僕は訊いた。小清水さんはヒカルが出現したことで、何かに気づいたのだろうか?

 自分が多重人格者であることを・・

 小清水さんは悲しい顔になり、「私・・また記憶が飛んじゃって・・」と小さく言った。

 彼女が疲れている様子なのは、多重人格現象のせいなのか、それとも、ヒカルがキリヤマにやられたことのショックが本体の小清水沙希に伝わったせいなのだろうか。


「私のことなんかより、鈴木くん」

 小清水さんは僕の顔を覗き込むようにして、

「鈴木くん、あの男を殴ってなかった?」と訊ねた。

「えっ、鈴木くんはあそこにいなかったよね?」和田くんが訝しげに言って、「それともどこかにいたの?」と僕に訊ね、小清水さんに向かって「鈴木くんが、あの男を殴った・・って、どういうこと?」と言った。

 まずいな、この状況。

 僕は咄嗟に笑ってごまかし、「ほら、和田くんがあいつに突き飛ばされただろ、あの時だよ」と説明した。

「ええっ、でも殴るって・・あんな男を殴ったの?」

「和田くんも勇敢だったぞ」僕が言うと、和田くんは「そんなことはないよ」と照れながら言った。


 だが和田くんは納得いかないのか、「おかしいなあ、そうだったかなあ、鈴木くん、あの場にいたかなあ」と言った。

 一方、小清水さんは、

「鈴木くんは、いつもいるのね」と嬉しそうに言った。

「いつもって?」僕と和田くんが同時に言った。

「私が危ない時に・・いつも私のそばに」

 小清水さんはそう言って優しく微笑んだ。

「いや、いないよ。小清水さんが危ない時に僕はいない」僕は即座に返した。

 今回、たまたま小清水さんの近くにいただけだ。

「だって、鈴木くんは正義の味方なんでしょ」

 正義の味方・・それは速水さんが僕を評して言った言葉だ。聞こえはいいが、僕は自分のしたいことをやっているだけだ。

「私、須磨の海岸でも鈴木くんに助けられたもの」

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