第340話 その時、僕たちは・・③

 だが、今はそんなことを言っていられない。僕は眠さを我慢する時の思念を取り込んだ。

 成功してくれ!

 と念じながら、その危険も考えていた。

 公衆の面前で、透明化の効力が切れ、突然、姿を現してしまうことだ。それだけは避けたい。

 それと、心の暴発だ。

 怒りが込み上げると、体だけでなく、僕の存在の全てが消えてしまう。

 もうどうとでもなれだ! 

 何とかなる!


「お嬢ちゃん。どっかで見たツラだな」キリヤマが凄みを利かせて言った。

 ヒカルも怯まない。今は仏の小清水さんではない。不良娘のヒカルだ。

 文学少女の象徴のような三つ編みが痛々しい。

「あんた、スズキの敵だな・・」ヒカルは僕の名前を出した。

 ヒカル、憶えていたのか?

 僕は思った。ヒカルは自分のことよりも、誰かのことを気にかける少女なのだ、と。

「スズキ?」キリヤマが目を細めて言った。記憶を手繰っているようだが、思い出すことはないだろう。あの男にとって、僕はその程度の存在だ。

 だが、僕はハッキリと憶えている。

 あいつは速水さんをぼろきれのように手錠で繋ぎ、虐待していた。

 忘れもしない。石山純子に公衆電話で告白した夜のことを。


「いてっ!」

「おいっ、押すなよ!」

「何かにぶつかったぞ」

「何か変なのがいなかったか?」

 周囲の生徒たちが透明の僕にぶつかっていく。だが僕の関心事はキリヤマたちに向かった。

 キリヤマの様子も気になるが、その同行者である速水さんの実母、そして、義姉にも関心がある。実母の方はある程度予想していたその通りのイメージだが、義姉の方はまるで違った。

 速水さんは「義姉を利用して、養父であるキリヤマの虐待から逃れている」と言っていたが、そんな感じはしない。

 目の前で実父がトラブルを起こそうとしているのに、まるで関心がない様子だ。

 その冷徹な目はどこに注がれているのだろうか。


 気がつくと、キリヤマの周りに見物客が集まり出していた。

「あんな柄の悪そうな男には関わらない方がいいぜ」

「そうだな・・あの男、普通じゃないぜ」

「小清水と和田も、早く逃げりゃいいのに」

「それにしても、小清水って、あんな雰囲気の子だったか? 大人しいイメージしかなかったけどな」

 まずい。このままでは小清水さんの多重人格が皆に露見してしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る