第341話 その時、僕たちは・・④

 ヒカルの体がキリヤマに向かった。

 だがキリヤマに勝てるはずもない。キリヤマは飛び込んできたヒカルの体をかわし、よろけたヒカルの背中に肘鉄を食らわせた。喧嘩に手馴れている男のやり口だ。 ヒカルはその場にうつ伏せに転んだ。

 キリヤマは足を上げた。転んだヒカルの体を踏みつけようとしている。

 ちくしょうっ! もう我慢できない。ヒカルの体が傷つくのは、心優しい小清水さんが傷つくのと同じことだ。

 今の僕は透明化している。やるしかない!

 キリヤマの背後に回り込み、蹴りを入れようとした時、

 和田くんの顔が歪んだのが見えた。そして、

「僕の彼女に手を出すなあっ!」和田くんの雰囲気に似つかわしくない声が聞こえた。

 信じられない動きで和田くんはキリヤマの足を掴んだ。

「おいっ、クソガキ、離せ!」

 キリヤマは振り解こうとしたが、和田くんも負けてはいない。小清水さんに手を出させないつもりだ。須磨の海岸の時は一目散に逃げ出した和田くんだったが、今回は違う。

「小清水どころか、和田の奴も普通じゃないぜ」と誰かが言った。

 和田くん、加勢するぞ! 今、和田くんは「僕の彼女」と言った、すごいぞ!

 何もできない僕が、何もできなかった僕がやってやる!

 これは天から降ってきたチャンスだ。

 今度こそ、キリヤマに一泡吹かせてやる!

 透明化している時、感情を暴発させれば、その魂まで消えてしまう。

 速水さんはそう戒めたが、自分ではそれほど心が高ぶっているとは思えない。

 あくまでも作業的にキリヤマをやっつける・・

 そう勢い込みキリヤマを突き飛ばそうとしたが、キリヤマが和田くんの腕を振り解いた反動でキリヤマの背中が目の前から消えた。

 僕は攻撃対象を見失った状態になり、前につんのめり、ずっこけてしまった。

 いてえっ! これじゃまるで一人相撲だ。

 転んだ僕の目に映ったのは、和田くんが突き飛ばされている姿だった。


「誰か先生を呼んできて!」

 和田くんの顔から血が出ているのを見た女生徒の一人が言った。

 その声に颯爽と参上したのがよりによって、池永かおり先生だ。須磨の海岸で遭遇した時には、「グラマー先生」とか「おっぱい先生」とひどい言われようだった。

 池永先生は、キリヤマの姿を見つけると、眉間に皺を寄せた。イヤなものを見てしまった、という表情だ。

 誰かが、「あのお、池永先生、こういう時は男の先生の方が・・」と言った。

 だが先生は、「私にまかせて」と言わんばかりに前に進み出た。

 池永先生の扇情的な姿を見たキリヤマは、

「おお、ミニスカ先生のご登場か」と言った。舌なめずりしているような口調だ。

 近くに速水さんの母親、そして、速水さんの義姉がいようがいまいが、おかまいなしだ。

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