第335話 将棋大会であろうことか・・①

◆将棋大会であろうことか・・


 僕は将棋のことはそれほど分からない。子供の頃、何度か父としたくらいだ。

分からないなりにも、水沢さんと石山純子の対局を解説する部員の語りを聞いていると、五分五分の状況であることが分かった。

 当然、僕は水沢さんを応援している。まさか、石山純子を応援するはずもないし、できれば、彼女が悔しがる表情を見てみたい気もした。それを良からぬことだと責められてもいい、ただ僕は心の中に染みついたものを取り除きたいだけだ。

 今の僕が前に進めるのなら、その手段は何でもいい。


 そして、僕は思っていた。

 水沢さんは心が読める。

 ならば、それは将棋の対戦相手の心も読めるのではないだろうか? 仮に水沢さんが相手の次の一手、更に一手と読んだ場合、石山純子に確実に勝てるのではないか?

 水沢さんは以前言っていた。

「心が読める力があっても、何一つ、良いことなんてないわ」

 もし、この対局で水沢さんが石山純子の心を読み、勝負に勝てたら、それも一つの良い事になるのかもしれない。

 だが、それでいいのだろうか。何か心につっかえるものを感じた。

 やっぱり、それはダメだ。

 だが、水沢さん自身が意識していなくても、そうなる可能性がある。

 水沢さんは「人の心が勝手に流れ込んでくるの」と言っていた。

 ああっ、何が一番いいのか!


 思考が迷走する中、僕は体の異変に気づいた。

 何ということだ。こんな大事な時に僕は眠くなっているのだ。眠いというより、思考が現実から乖離してしまっているのだ。以前にも思考が錯乱しているとこんな状態になったことが何度かある。

 さっきの読書会の終了間際、「最近、透明化しないな」と安心して、午後の分のカフェインを半分にしたのが仇となった。

 透明化しないかもしれないが、万が一ここで透明化したら大変だ。ここには我が高校の生徒以外に神戸高校の生徒たちもいる。

 それに、あの石山純子もいる。


 悠長なことも言ってられない。僕は速攻で決断した。

 僕は「ちょっとトイレに」と誰ともなく言って、急いで出口に向かった。榊原さんの「ごゆっくり」という声が届いた。

 部室を飛び出た瞬間、体が透明化した。体がゼリー状だ。

 危なかったっ! 危機一髪だった。 

 僕の選択は正解だった。何とか危機は脱することができたものの、いつもながら何て不便な能力なんだよ!

 透明化して欲しい時に、透明にならずに、こんな大事な時に透明になるなんて何と情けない。


 さて、これからどうする?

 透明化したまま、人のいない所で将棋を観戦するのも手だが、この混み具合だ。人にぶつかるだろうし、この中に僕の姿が見えたり、半透明の中途半端な状態で見える人間がいないとも限らない。

 ここは、将棋観戦を断念して一時外に退避するのが懸命だ。それに、対局の時間はまだありそうだ。体が元の状態になった頃、改めて見に来るしかない。


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