第336話 将棋大会であろうことか・・②

 これまでの経験で透明化は約20分と分かっている。

 この時間を利用すれば、さきほどの疑念を解消できるかもしれない。

 キリヤマのことだ。

 一瞬見ただけで確信はないが、あの雰囲気はキリヤマだった。一緒にいた中年女性は、速水沙織の実母で、若い女は先日速水さんから聞いた義理の姉だろう。

 あいつは、学祭に何をしに来たんだ?

 速水沙織に会いに文芸サークルの部室に行くところだったのか?

 いや、それはおかしい。以前と違って、速水沙織は実母と養父のキリヤマの家に同居している。その家にはキリヤマの娘もいる。彼女は速水沙織の義理の姉に当たる。 速水さんは義姉の庇護を利用してキリヤマから虐待を受けずにいられる。速水さんはそう説明していた。

 それが本当のことなら、わざわざ部室のような何もない所に行く必要もない。


 僕は取りあえず、模擬店が並ぶ校庭に出た。誰も僕に目を向けていない。

 完全透明だ。ここで何か悪さをしても見つかることはないだろう。つまみ食いでもするるか、それとも、誰かに悪戯を仕掛けてやるか。キリヤマを探しながらも、いつもと違う状況に浮き足立った。

 クラスの女子にぶつかりそうになったが、上手く体を交わした。

 いや、避けなくてもいいのかもしれなかった。今の僕は透明だ。勢いよくぶつかって驚かせるのも面白いかもしれないし、女子の体の感触なんてこんな時くらいしか味わえない。

 そんな思春期特有の欲望も頭をもたげてくる。

 いけないことかもしれないが、それは健康な男子として当然のことだ、と自分に言い聞かせる。


 思えば、水沢さんではないが、人とは違う透明化能力を授かっても、何一つ良いことはなかった。肝心な時にはまるで役に立たないし、変な場面で透明になったりするし、ロクなことはない。

 本来、こんな能力を持てたら、女子の着替えを覗いたり、それを活用して普段できないような悪戯に走ったりするものだ。

 だが、すぐにこの能力の最大の欠点に気づくことになった。

 透明になっても、見える人には見える。

 つまりは、最低の能力だ。

 何かの悪戯をするにもその欠点のせいで、心にブレーキがかかる。例えば、女子の着替えを覗きに行っても、そこに速水さんとか僕の姿が見える人が居れば、それでアウトだ。


 例えば、速水さんに見つかると・・

「鈴木くん、こんな場所で、いったい何をしているのかしら?」

 速水さん得意の眼鏡くい上げポーズで戒められる。

 だが、周囲の子には速水さんが誰に向かって言っているのか分からない。速水さん自身の人格を疑われる。

 速水さんは壁に向かって、「ここで社会勉強? それとも鈴木くん得意の女体観察をしているのかしら?」と続けていった後、

「あら、もしかして、鈴木くんは今透明になっているのしら?」とようやく気づき狼狽する。

 それに最近では、妹のナミもそうだし、青山先輩に小清水さんまで半透明ながらも見えるようになった。加藤も同じだ。

「お兄ちゃんの変態、ドジ、まぬけ!」とまさかのナミが登場し、罵倒された上に普段聞いたこともないような悪口を追加され、更にスナック菓子を投げつけられる。

 更に青山先輩には、「君は何をやっているのかね?」と男性口調でお叱りを受け、

「そんなに女子の裸が見たいのなら、言ってくれたらよいものを、君も水臭いな」と何やら意味深なことを言われる。

 仏の小清水さんには、「鈴木くん、そんなに女の子の裸を見たかったのですか?」とお怒りの言葉を受けたりする。妄想と言えど、小清水さんに怒られるのは初めてのことだ。

 そして、加藤には、「鈴木のバカッ! もう知らないっ!」と平手打ちをくらうかもしれない。

 結論! 要するに、この能力では悪戯はできないし、ましてや覗きも絶対にできないということだ。


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