第325話 将棋部室①

◆将棋部室


 青山先輩と歩いている時も目立ったが、水沢さんと一緒に歩いていても同じように目立つ。だが、多くの視線にも免疫ができてきたのか、それほど意識はしなくなった。むしろ、羨望の視線が心地よくも感じた。

 決して、僕は影の薄い人間ではない!

 その思いを誇示できるような気がした。それは水沢さんと歩いているからだ。男子たちから注目を浴びる彼女と一緒にいる。それだけで、暗い心が180度反転したような気がするのだ。

 途中、女の子を引き連れた佐藤に出会ったが素知らぬ顔で通り過ぎた。

 佐藤は僕を「友達」と呼んでいたが、それは自身の引き立て役としてだった。もう話す必要もない。


 通りの大きな掲示板には、学祭の催しの案内が書かれてある。当然、どこの部活がどこの部屋でやっているかも掲げられている。

「将棋部は、西校舎だね」と僕が言うと、

「一般参加者も対局が出来るみたいよ」と水沢さんが言った。

 水沢さんは将棋をしてみたいように見えた。積極的なのはいいことだが、将棋って一旦始めると時間が長い。それに僕は人前でするほどの腕はない。

 ここは水沢さんの将棋を見ているだけで良しとしよう。


 入り口付近から中を少し見ただけでも分かる。

 将棋部の部室は、我がサークルの倍はあった。

 将棋という特質上、机ではなく、畳の上に厳かな将棋盤が数個並べられてある。

 対局中の盤もあるし、空いている所もある。または対戦相手を待っているのか、両腕を組み、目を閉じ座っているだけの人もいる。

 将棋部員は余り参加はせず、外部の参加を募っているようだった。

 見学者も多い。大きなボードで実況中継のように解説している部員がいる。

 申し訳ないが、我がサークルとは雲泥の差がある賑わいぶりだ。


 だが、僕にはこのあらゆる風景の何もかもがどうでもよかった。

 僕の目は、対局中の一組の男女に注がれていた。

 男の方は知らない顔だが、女性の方の顔は、入口付近からでもよく見える。

 ・・それは石山純子だった。

 神戸高校の制服、綺麗に整えられたセミロングの髪。数時間前、読書会を少し覗き、立ち去った姿そのままだ。やはり見間違いではなかった。

 こうして畳の上で座布団に正座している石山純子の姿を見るのは初めてだ。


 楽しげに駒を指しているその姿は、岡部たちが言っていた失恋の痛手を負った少女にはとても見えない。

 だが、見ているわけにはいかない。彼女と目が合うのは避けたい。

 じっと彼女を見ていると、また何を思われるか分かったもんじゃない。

 石山純子は、僕がどの高校に入ったのかは知らないのだ。となると、僕がこの場にいるのを見て、彼女をつけてきたしつこい男に思われる可能性がある。

 もう傷つくのはイヤだ。引き返そう・・

 そう思ったが、ここには水沢さんがいる。そんなことはできない。

 水沢さんは、僕が石山純子に振られたことを忘れ去るために好きになった女性だ。つまり、初恋の身代わりだ。水沢さんには悪いが、それが真実だ。

 だが、その人を置いて逃げ出すなんて絶対にできない。

 僕は逃げ出さないことに決めた。

 逃げるどころか、僕は心のどこかでこの状況を楽しんでいるようだった。

 僕の目の先に、初恋の子がいる。そして、僕の傍らには水沢さんがいる。これは何かの啓示ではないのか。


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