第324話 裏庭の人②
もうそろそろ裏庭に行こう。僕は裏庭への通路に足を向けた。
人混みの中、肩がぶつかる。かわしても、ドンとぶつかって来られたりする。
これだから、学祭のような賑わう場所は嫌いなのだ。
同じ高校の生徒だけならまだいい。他校の生徒も多いし、近所の子供たちもいる。加えて、父兄のような中年男女もいる。中には、どんな繋がりがあるのか、と思われるような場にそぐわない人もいたりする。
そんな考え事をしていると、視界の片隅に何かイヤなものが見えた気がした。
大人の男一人と、女二人の計三人だ。
女の一人は中年の女だが、かなり派手な様相だ。もう一人は、背が高く若い女性だ。
そして、大人の男・・何度か会ったことのある男だ。
・・キリヤマだ。
まさかと思った。いや、気のせいだろう。こんな場所にいるはずがない。
確認しようと振り返った時には彼らは人混みの中に消えていた。イヤな感じを拭えないまま、僕は裏庭に通じる道を歩いた。
裏庭の雑木林を抜けると、遠くに青山先輩が指定した大きな木が見えた。
その木の下で、青山先輩が待っているはず・・
と思ったが、大きく違った。
そこには、見覚えのある少女がいた。もちろん当校の制服だ。
それは水沢純子その人だった。
ウエイトレスの時とは違って髪を降ろしている。降ろしてもそれほど長くはない。
文庫本を片手に、腕時計に目をやる彼女の姿が、寂しげに見えるのは、賑やかな校内と、一人きりという状況が対称的だからだろうか。
だからと言って、ここで彼女に声をかけるのはどうなのか?
何故なら僕は青山先輩と待ち合わせをしている。水沢さんと同じように時計を見ると三時を少し回っている。
僕は来た方向を振り返ったり、雑木林の先に目をやったりして青山先輩を探した。
だが青山先輩の姿はどの方向にも見えない。何か用事でもできたのだろうか。
次の行動を決められぬまま立ち尽くしていると、水沢さんがゆっくりと顔を上げた。
僕は何か後ろめたいことでもしているかのように目を伏せた。そんなことをしても気づかれるに決まっている。僕は思い直して顔を上げた。
遠くだが、「鈴木くん!」と聞こえた気がした。
水沢さんが手を挙げて呼んでいる。
僕の体は、水沢さんに吸い寄せられるようにして自然と歩み出した。
だが、何て話しかければいいんだ。
まず、「実は青山先輩と待ち合わせをしててさ」と言って、「青山先輩を見なかった?」と切り出せばいいのか? そして、「水沢さん、何を読んでいたの?」とか訊ねる。
そこへ青山先輩が男性口調で「いやあ、鈴木くん、待たせたね」とやって来ることだろう。
すると僕は再び、青山先輩とのデートに、いや、同行に戻ることになる。
だが、それでは水沢さんはどうなる? なんだか可哀そうじゃないか! そもそも水沢さんは誰を待っているのだ?
もし一人で時間を持て余しているのなら、
「さ、三人で回らないか?」と言い出せば良いのか?
そうしよう! 僕は決めた
だが、物事はいつも準備した心とは違う方向に進むようだ。
水沢さんは僕を見てニコリと素敵な笑顔を見せた。前髪が、秋の風にそよいでいる。文庫本は鞄に入れたのか、手にしていない。
「私、青山先輩を待っているのよ」水沢さんは明るい声で言った。
「えっ、青山先輩と待ち合わせ?」
なあんだ、水沢さんもか、僕と一緒だね。
いや、違う!
今なんと言った? 水沢さんが青山先輩と待ち合わせ?
僕の疑問をよそに水沢さんは続けて、
「昨日の夜、青山さんから電話がかかってきて、私に話があるから、ここで待つように言われたのよ」と説明した。
「もしかして、三時に?」僕は小さく訊いた。
「そう、三時に」と水沢さんは答えた。
ああ、ようやく分かった。
青山先輩は、最初からそのつもりで、僕をここで待つように指示をしたんだ。
もしかすると、青山先輩は文芸サークルでの話の時から、この状況を考えていたのか?
あの時、小清水さんに言われた。
「この機会に、水沢さんをお誘いしたらどうですか?」
だが、僕は話をはぐらかした。
青山先輩はそんな優柔不断な僕を見ていたんだ。そして、
「鈴木くん。よかったら、学園祭の自由時間、この私と行動を共にしないか?」と僕を半ば強引に誘った。
青山先輩は最初から僕と一緒に学祭を回ることなんて考えていなかった。青山先輩は僕と水沢さんを引き合わせることを考えていたんだ。
青山先輩・・人がいいのか、それとも要らぬお節介焼きなのか、それは分からないが、僕なんかのことより、幼馴染の速水さんともっと仲良くしてくれ!
僕は僕でせっかく青山先輩が作ってくれた機会を大事に使わせてもらうよ。
「水沢さんは、この後、時間はある?」
僕の誘いに水沢さんは戸惑いの表情を浮かべた。
「ええ、でも、青山さんと・・」
「たぶん、それ、違うんだ」
「違うって?」
「青山先輩は、さっきまで僕といたんだよ」
水沢さんの頭には人の考えていることが流れ込んでくる。僕が嘘をついてもバレてしまうだろう。水沢さんには嘘はつけない。
「これは、青山先輩の嬉しい・・じゃない、要らぬお節介なんだ」
青山先輩は僕に、水沢さんを連れて学祭を回るように、とお節介を焼いたんだ、と説明した。
水沢さんは「そうなの?」と言って、
「でも、青山さんは、どうしてそんなことをしたのかしら?」と首を傾げた。
これ以上は話せないし、余計なことを考えることもできない。
さて、これからどうする? どこへ行く?
水沢さんは、僕の迷いを読み取ったように、
「鈴木くん、私をどこに連れていってくれるの?」と言った。
その表情は、もう青山先輩との約束はどこかに置いてきたようだった。
次の瞬間、僕は青山先輩の言葉を思い出していた。
「水沢さんはね、将棋が得意なんだよ」と言って、「好きだったら、それくらいのこと、知っておきたまえ」と強く言った。
もしかして、あの青山先輩の言葉にも意味があったではないのか。
「水沢さん、将棋部に行ってみないか?」
「えっ」
水沢さんの顔に、ぱっと笑顔が浮かんだ。
僕たちは、まるで青山先輩の仕組んだ仕掛けに見事に乗ったようだった。
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