第326話 将棋部室②

「あの人・・鈴木くんの知ってる人?」

 水沢さんが、僕の腕をちょんちょんと小突いて言った。水沢さんの目は、石山純子の方を向いている。

 ああ、そうか、水沢さんには隠せないんだ。

 僕は「うん」と頷き、

「昔、好きだった人だ」と言った。昔と言っても、僅か二年前のことだ。

 誤魔化しても水沢さんには見破られてしまう。


 僕たちは中に入ろうとする生徒たちに押されるようにして、部室の中に流れ込んだ。

 部室に入ると、見知った顔ぶれに出会った。

 さきほどの神戸高校の文芸部の連中だ。

 部長の真山さんに、茶髪の派手な榊原さん。そして小清水さんタイプの小川さん。男二人は銀行員のような森山と、今は欠伸をしていない阿部だ。皆で見学に来ているようだ。

 部長の真山さんが僕の顔を見つけるなり、「やあ」と手を上げた。

「君も将棋が好きなのかい?」真山さんが興味深げに訊ねた。真山さんの雰囲気は、速水部長と青山先輩を足して二で割ったような感じだ。

 つまり、速水さんのメガネのくい上げと青山先輩の男性口調が同じだ。

「いや、どちらかというと、彼女の方が・・」と言って、僕は水沢さんを紹介した。

 そして水沢さんには、

「さっきまで、彼らと読書会をしていたんだ」と説明した。

 水沢さんが「水沢です」と軽く会釈すると、

 小川さんが「わっ」と小さな声を上げ、「将棋とか強そうな感じ」と言った。

 茶髪の榊原さんが僕を見てニヤリと意味ありげな笑顔を浮かべ、

「君も隅に置けないねえ」と冷やかした。

 男二人は、将棋より水沢さんにばかり目をやっている。


「私たちは、石山を見に来たんだよ。ここで将棋をしているって聞いたからね」と、真山さんが言った。

「えっ、そ、そうなんですか」

 やっぱり、同じ高校だけあって、石山純子とは繋がりがあったんだ。

「さっき、読書会を覗きに来ていたよな。すぐに帰ったけど」と森山が言った。

 わざわざ見に来たということは女性陣はともかく、男二人は、石山純子に気があるのだろうか?

「純子ちゃん、将棋は強いよぉ」と茶髪の榊原さんが言った。

「将棋だけじゃないですけどね」と小川さんが意味ありげに言った。

 ここにいる神戸高校の文芸部員たちは、僕の知らない石山純子を知っている。少なくとも僕よりは知っているはずだ。

 その時、僕はまた青山先輩の言葉を思い出していた。

「水沢さんはね、将棋が得意なんだよ。好きだったら、それくらいのこと、知っておきたまえ」

 僕は水沢さんの趣味どころか、かつての石山純子の事も何も知らなかった。好きな子の幻影だけを追い続けて、現実の姿を見てはいなかった。


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