第317話 合同読書会②-1
◆合同読書会②
和田くんの抗議に対抗するように、欠伸男の阿部が、「なんか、そこの陰の薄いのが偉そうなんだけど」と言った。
和田くんは続けて何か言おうとしているが、小清水さんが、「和田くん!」と言って制した。
その様子を見かねてか、速水部長が声を上げた。
「私が悪かったわ」と言った。「私が本を統一するように、神戸高校の皆さんに言っておかなかったからよ。翻訳者の指定は大事だったのに、うかつだったわ」
速水部長が言うには、いくらあらすじが分かったとしても、
誰かが、「このシーンがいいな」と言った時に、「それは、この本の何ページに載っている」と指定できないことだ。
読書会を非常に進めにくい。
速水部長は皆に謝った後、「沙希さんにも不快な思いをさせてしまってごめんなさい」と小さく言った。
すると、相手側の部長の真山さんが、
「各シーンや、セリフは、みんなの記憶で話すしかないわね」と微笑み言った。一応速水部長を庇ったのだろう。この部長は話の分かる人のようだ。
それにしても、皮肉ばかり言う森山もひどいが、何かにつけて文句を言う阿部も義憤に駆られる。
小清水さんの力ない様子に青山先輩が、
「翻訳のことを蒸し返して申し訳ないのだけど・・」と静かに切り出した。
神戸高校の銀行男も欠伸男も、青山先輩には一目置いているのか、その視線が青山先輩に向かい、聞く姿勢となった。
その青山先輩の机を見ると、何と、青山先輩の前にはフィッツジェラルドの短編集が三冊も並んでいる。
青山先輩は、それぞれの本のページを大きく開けて、
「この中の、湖のボートに乗ったジュディが、水しぶきを浴びるシーンなのだけれど」と言って、ジュディのセリフを並べ立てた。
「風が冷たいわね」
「風がつめた~い」
「すごく冷えるわ」
それはかつて、小清水さんと初めて本屋さんに行った時に、彼女から聞いたシーンだ。
すぐにそれと分かった小清水さんの表情がぱっと明るくなった。
「私は、三冊買って、全部読んだが、それぞれの翻訳にそれぞれのジュディという女性がいることを発見したよ。実に面白い体験だった」
そう、それが小清水さんが翻訳文学を好きな所以だ。
青山先輩は続けて、「あまりにも文章が違うので、違う小説だと思ったくらいだ」と言った。
青山先輩はそう解説した後、欠伸男の阿部に向き直って、
「そこのさっきから欠伸ばかりしている君、この表現を読んで、ジュディの年齢や性格の機微の違いを感じないのかね?」とバリバリの男性口調で言った。
「ある翻訳では、ジュディが可愛く感じたり、別の翻訳では、落ち着いたような女性の印象も受けたりするだろう? それに『風が冷たい』と言うのと『体が冷える』なんて、意味合いが全然違うよ」
言葉で何もかも印象が変わってしまう・・言葉は大事だな。
「言葉の大切さを話し合う。そのための読書会だと、私は思うのだけれど」と青山先輩は言った。誰も異論は唱えない。
このような真面目な議論の最中にも、時折ドアが半分開けられ、場違いな来訪客が覗き込み、
「ここ、なんか、難しそうなことをしているわよ」と女の子たちがヒソヒソと言って出いく。ここには小学校の参観日みたいに見学をするような場所もないし、当然、椅子もない。覗いても引き返すしかない。
その様子に阿部が、「見学って、やめた方がいいんじゃない? 気が散るよ」と言った。
お前の欠伸の方が気が散る! と言いたいが抑えておいた。
すると、先方の女部長の真山さんが顔を上げ、「阿部くん、見学を無くしてしまったら、わざわざ学祭の日に合同読書会をする意味がなくなるわよ。この会を一般公開することに意味があるのよ」と言った。御もっともな答えだ。
それから、何度か、ドアが開けられ他校の生徒が顔を出したりした。その度に皆がドアの方を見たりするので、大抵の人は恐れをなして出て行ってしまう。
部員の誰も「見学でしたら、どうぞ!」と笑顔で歓待したりしない。そこは我がサークルのメンバーも神戸高校の部員たちも一致している。
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